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百人一首で百人百色 69番
嵐吹く 三室(みむろ)の山の もみぢ葉は
龍田(たつた)の川の 錦なりけり
現代語訳
山風が吹いている三室山(みむろやま)の紅葉(が吹き散らされて)で、竜田川の水面は錦のように絢爛たる美しさだ。
僕は以前からの夢を実現させるために努力している。
何度も応募小説に投稿し、そして何度も落選した。
だが、凝りてはいない。
僕の才能を見抜ける審査員がいないだけだ。
と、強がりながら生きてきた。
誇りを持って書いてきた。
そんな僕でも生活する為には何らかの仕事をしないと、
食ってはいけない。親に頼るのはもう限界でもある。
売れない小説を数多く書いても、何もならない。
僕はバイトをする事を決めた。
初めてのバイト。
自分が仕事してお金を得るのは初めての経験。
どの様な仕事なら出来るのか?
解らないままバイト雑誌を観ていた。
…いろんなバイトが有るだな。コンビニの店員、これって
客がクレーム付けてくると厄介だなぁ。
ファミレスの皿洗いもあるが、皿を割るかも知れない。
警備会社は、物騒な仕事の様に思えるし、・・・…
と、思いあぐねている時に、思いつく仕事が見つかる。
…これなら僕でも出来そうだ。時給も良いし…
と、決めたのが清掃の仕事だった。
僕は元来綺麗好きで、掃除するのは全く苦にはならなかった。
しかし、仕事となるとかなり高度な技術を要するし、
手を抜いたりはできない。
また、汚い所も嫌がらずにしなければならない。
僕は働く事の辛さや苦労を知った。
しかし、働く事の尊さも学ぶ事が出来た。
バイトを初めて3か月が過ぎた頃、台風が僕たちの町を襲う。
強い風に煽られて枯れ葉が町中に散乱した。
川もに浮かぶ紅葉。
まるで紅絨毯を引き詰めたみたいである。
その紅絨毯がゆっくりと流れ行く。
その光景を人々は癒しの目で見ていた。
だが、枯れ葉の散乱は川だけでは無かった。
町中に散り散らかされた落ち葉の掃除を、僕に任命される。
これはかなりの重作業だった。
綺麗に見えているのは、川もに浮かぶ紅葉だけ。
他の落ち葉はただのゴミ。
同じ落ち葉なのにこんなにも違って見える。
何故なんだ!川に浮かべば良いのか?
と、僕は何処にもぶつける事の出来ない怒りを感じていた。
これって僕の書く小説と同じ様に思える。
同じ様な物なのに、落ちる場所によって変わる。
そう、評価する読み手で変わるかも知れない。
と、無理やりの結論を出していた。
まあ、そんな事はさて置き、
こんな和歌があった事を思い出す
[嵐吹く 三室(みむろ)の山の もみぢ葉は
龍田(たつた)の川の 錦なりけり]
優雅な歌だけど、きっとその人は見てただけ。
掃除する人の身になって欲しいもんだ。
僕はいじけた気持ちで落ち葉の清掃をしていた。
だけど同じ情景を見ても、人それぞれ感じ方が変わる。
それは、その人の立場であったり心の置きどころであったり
様々な条件、状況で感じ方が変わってしまうのかも知れない。
だとするのであれば、僕は今セッパ詰まった状態でこの光景を
見ているからだ。
いつまで経っても売れない小説家。
セッパ詰まった環境が僕の今の心の状態。
あの和歌を読んだのは如何なる人だったのであろうか?
きっと穏やかな心で流れる紅葉を観ていたんだろうな。
だとすると、僕の書く小説も僕の状況や心の在り方で
変わってくるのかも知れない。
自分自身の器を大きくしないと、立派な小説は書けない。
そうだ、僕はより良い作家になる為に、人生の修行を積むぞ。
そして大作家になるんだ!と、
決意してもう直ぐ20年が経つ。
僕の修行はまだまだ続く。
だが、嬉しい事にバイトから正社員となり、
社長から僕の献身的な働きを認められて、
今ではこの清掃会社の役員に抜擢された。
僕の苦労が報われた。
最近つくづく想う。
僕の目標は大作家だったけど、
目的は僕の人としての器を大きくする事だった。
その意味では、僕は目的を達成した。
社長から認めてもらい、部下にも信頼された。
若い頃の自分とは大違いだ。
人としての器も大きくなったはずである。
何故なら、親に頼らずとも僕は、今 食っていける。