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本屋で働くことで広がる世界
やどかりハウスを利用する人のなかには、経済的な自立を阻まれている人の存在が少なくありません。持病や特性、家庭環境など、さまざまな事情から、社会参加の機会が奪われていました。
「働きたいけど、うまく働けない」
やどかりハウスではそんな人たちが、諦めずに社会とつながりが持てるように、「のきした仕事事業」として、上田の街中や周辺地域で仕事体験ができる場をつくりはじめました。
そのうちのひとつに、上田市を拠点にするバリューブックスが運営するアウトレット本屋『バリューブックス・ラボ』での仕事があります。
▪︎「のきした仕事事業」について詳しくはこちらhttps://note.com/yadokarihouse22/n/n63bceb07cea2
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本屋がつないだ「やどラボ」という居場所
バリューブックスは、オンラインを通じた古本の買取・販売を行う会社です。上田市内にある倉庫には、毎日約2万冊の本が全国から届き、そのうちの半分は買い取ることができず古紙リサイクルにまわしています。しかし、インターネット上では市場価値がない本も、場所を変えればもう一度、人の手に届けることができるはず。そんな思いから生まれたのが、「古紙回収になるはずだった本」を集めたアウトレット本屋『バリューブックス・ラボ(通称:ラボ)』です。
新刊やセレクトされた古本を販売する、もうひとつのバリューブックスの実店舗『本と茶 NABO』とは異なり、1冊50円からという格安の値段の本が並びます。人気のコミックセットや、かつてのベストセラー本、雑誌のバックナンバーなどが買えるだけでなく、本好きがみると驚くような掘り出しものが見つかるのも、ふつうの本屋にはないおもしろいところ。
当時のバリューブックススタッフの紹介をきっかけに、2024年3月から「仕事事業」の一貫として、やどかりハウスのメンバーがお店番をする「やどラボ」がはじまりました。
▪︎『バリューブックス・ラボ』について詳しくはこちら
https://www.valuebooks.jp/endpaper/2061/
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それぞれの働く理由
現在はやどかりハウスを利用する3名のメンバーが、日替わりで働いています。今回、それぞれどのような経緯で「やどラボ」で働くようになったのか。また、仕事を通じて起こった変化を聞いてみました。
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高校時代に不登校を経験し、卒業後は一時引きこもり状態だったというMさん(22歳)。まずは短時間でも仕事に就けることから、ゲストハウス犀の角で客室清掃の仕事をはじめます。そこでやどかりハウスと出会い、本屋で働いてみたいという憧れもあったことから「やどラボ」スタッフに。
──「やどラボ」ではどんな仕事をしていますか?
「週1回レジや本棚整理などの仕事をしています。本が好きなので、図書館でも見かけないような珍しい本に出会えるのが楽しいです」
──働きはじめて何か変化はありましたか?
「辞め癖が付いてしまっていましたが、好きな環境で働けることから、やどラボの仕事も一年近く続けられています。コンビニや薬局など、新しいアルバイトもはじめ、1日のサイクルが安定したことで、自然とメンタルも整いました」
──今後やりたいことはありますか?
「声優のマネージャーになることが夢なんです。いつかは東京で一人暮らしをしたいですが、今はその準備期間。医療事務の資格を取得したので、今後は病院でしばらく働きながら、夢のために資金を貯められたらと思っています」
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Kさん(16歳)は上田市内の通信高校に通う2年生。毎週金曜日に市外からバスで学校へ通い、その後「やどラボ」でお店番を担当しています。初めての「働く」という経験を通じて、一度は閉ざしてしまった社会とのつながりを取り戻していきます。
──どういう経緯で「やどラボ」へ?
「中学時代に不登校になり、スクールソーシャルワーカーの方に紹介されてうえだ子どもシネマクラブに参加するようになりました。そこでやどかりハウスのスタッフと知り合い、働く経験をしてみたかったことからやどラボに応募しました。初めてのアルバイトで最初は不安でしたが、学校の合間に働けるので無理なく続けられています」
──仕事のやりがいや、苦労する部分はありますか?
「やっぱり本が売れる瞬間はやりがいを感じます。もともとレジ打ちが苦手でしたが、今はまとめ買いのお客さんのレジを担当する時が一番楽しいです。あとは、年末に普段はあまり会話のない常連のお客さんに、『来年もがんばってね』といってもらえたのがとてもうれしかった」
──今後やりたいことはありますか?
「シネマクラブでの交流や、やどラボの仕事のおかげで、家と学校以外の“居場所”ができました。そんな自分自身の経験を活かして、今度は誰かの居場所づくりを手伝っていきたいです。実はクッキングパパに出てくる料理のほとんど再現しているくらいマンガ飯をつくるのが趣味なので、食べるのに困っている人をサポートしたり、料理を通じて何か手助けできればと思います」
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新潟県出身のYさん(50歳)は、大学進学を機に上京し、卒業後は大学職員として働きながら、ウィンタースポーツを趣味に充実した日々を送っていましたが、28歳の時に難病を発症。両親が暮らす上田市にやむなく戻ってきました。ふつうにできていたことが、できなくなる。からだ中に走る痛みを薬で抑えながらも、昔のように働けなくなってしまった彼女にとって、やどラボは心の拠り所でもありました。
──どういう経緯でやどラボへ?
「持病の影響で、今までのように長く働くことが難しくなったところで、知り合いの紹介を受け、ラボで働くようになりました。やどラボが始まる前からだったので、もう4年になります」
──仕事のやりがいや、苦労する部分はありますか?
「顔馴染みのお客様が自分に気づいてくれたり、自然と会話が弾んだりすることがうれしいです。苦労する部分では、本を数冊持ち上げるのも難しいので、大量の本を移動したりする時は大変です。たとえばレジ動線を見直して、自分のからだと相談しながら働きやすい環境を作れたらと思います」
──働きはじめて何か変化はありましたか?
「失われていく日々のなかで、ここは昔の自分に戻れる、蘇えれる場所。接客して売って、お給料をもらって……だけではない意味を持っていて、私にとってやどラボは、生き返る時間なのです」
彼ら彼女らはその手前にいる
NABOの運営をしながら、ラボのスタッフの管理も行っているバリューブックスの池上幸恵さんに、約1年間運営してきた「やどラボ」に対して、今の率直な感想をうかがいました。
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池上さん:バリューブックスラボ(通称:ラボ)では、以前ラボに勤務していた方からの紹介をきっかけに、2024年から「やどかりハウス」のユーザーのみなさんに店番をお願いしています。
受け入れ当初は「1週間に1日、3.5時間の勤務」が果たして「自立支援」や「社会復帰」に繋がるのか、という疑問がありました。そんな短時間だけの勤務では意味がないのではないか、という葛藤をやどかりハウス職員に相談したところ、「たしかにそこを目指しているけれど、彼ら彼女らはその手前にいる」という返答があり、当時その言葉の意味は理解できず、しばらく考え続けました。
そんな中、ラボの2Fを「やどかりハウス刺繍班」のみなさんに開放したり、他の業務もお願いすることで、店番以外のやどかりハウス利用者のかたがたくさんラボを訪れるようになりました。話を聞くと、家では癇癪を起こしてしまう、最近まで全く外に出られなかった、明日寝る場所がない、筋肉の病気で茶碗を持つのもままならない……。どれも深刻な悩みばかりでした。
そういった、遠い誰かの困りごとではなく、いま目の前にいる、名前を知る人たちの困りごとを知ることで「彼ら彼女らはその手前にいる」という言葉が、徐々に理解できるようになっていったのです。
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家から出ることが、初対面の誰かとコミュニケーションをとることが、毎週同じ場所に通うことが、毎週3時間働くことが、むずかしい。
ひとつずつできることを増やしていくことが、地道にゆっくり階段を登っていくことにつながっていく。無理をして8時間勤務をすれば、つまづいて階段を転げ落ちてしまうかもしれません。そこから立ち直ることもまた困難です。だからそのためのステップとしてラボでの仕事が機能しているのだと、実感することができたのはつい最近のことです。
ラボでの週1勤務を経て、より長時間のアルバイトを始めるかたもいます。助成金や補助金というかたちではなく、バリューブックスという会社が地域のNPOの活動を支える形のひとつとして、困りごとや生きづらさを抱えるひとが地道にゆっくりと階段を登っていくための場所としても、ラボを開いていけたらと思っています。
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街のみんなで支える、巻き起こる「助かり合い」
本屋で働くことが、閉じかけていた世界を広げ、社会との接点を生み、新たな目標へとつながっていく。やどかりハウスが誰かの居場所であるように、「やどラボ」もまた、働く人にとっての居場所となり、日常の一部になりつつあるようです。
「ちりんちりん」と入店を知らせるベルが鳴る。訪れるのは、漫画を少しずつ買い集める地元の学生か、絵本を眺めるこども連れの家族か、はたまた商品の仕入れに利用する古本屋の店主か。さまざまな人たちが行き交う場所でおこる、何気ない会話のひとつひとつが、「やどラボ」で働くメンバーの心に、ふわりとあたたかな風を運びます。
支援する・されるという境界を越え、本をまんなかにして、気づけば「助かり合い」が生まれている。これからも、そんな場であり続けることを願って。
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(この事業は、内閣府の「地域における孤独・孤立対策に関するNPO等の取組モデル調査」の助成金を活用して取り組みです。)