『 川久保玲に憧れて… 』
Comme des Garcons
➖少年のように➖
僕が初めて、コムデギャルソンを知ったのは
高校生のとき。
当時は(80年代後半)、DCブランド全盛期で
「平家にあらずんば人にあらず」ではなく、「DCブランド纏わずは、人にあらず」
そんな時代でもあった。
まだ、高校生の僕は、都内のDCブランド専門の古着屋さんに行っていた。
※ 以前書いたが、恵比寿の"madam Cinderella"
中目黒、広尾の"petit vogue" がほとんどだ。
聞いたことのある名前のもので、似合いそうなものを見つけては試着し、ジャケットなどでも一万円くらいで買えたのが救いだった。
ただ、残念ながら、ヨウジ・ヤマモトや、
イッセイ・ミヤケ、コムデギャルソンなどは
まったく似合わなかった。僕が童顔だったせいもあるのだろうが。
大人になったら、いつかは
コムデギャルソンを着たい。
そんな想いを胸に秘めていた。
川久保玲について…
1969 Comme des Garcons 立ち上げ
1973 株式会社として設立
1975 東京コレクション
1979 men's Homme 立ち上げ
1981 パリコレクション初参加
Comme des Garcons robe de chambre
Comme des Garcons tricot
Comme des Garcons homme plus
など、新しいラインを次々に展開。
※ 僕が着てるのは、homm plus という
コレクションラインになります。
川久保玲の何がすごいのか?
ひとことで言えば、それまで伝統、通例とされていた、いわゆるオートクチュール。
最高級の生地で、美しいシルエット、エレガントな美しさをコレクションで披露する。
オートクチュール(高級仕立て服)
プレタポルテ(各サイズに基づいて生産する既製品)
だが、川久保玲が初参加したとき
それらの既成概念をすべて、とっぱらったファッションへの革命であった。
わかりやすく言えば、それまで
"黒"は使わなかった。
理由は"喪"を連想させるため。
華やかなコレクションでは相応しくないという。
さらに、何故
服に穴が開いてたらいけないのか?
左右対称でなければならないのか?
身体に沿ったものばかりで、立体的ではいけないのか?
捻れていてはいけないのか?
…と、タブーを超えた、それまでなかった作品を次々とコレクションの舞台で見せたのだ。
それは、黒の衝撃と言われ、
穴あきニットなどは、ボロルック
西洋ファッションの冒涜と揶揄され
それでも川久保は、まったく気にせず
自分が思うファッションを次々に
作り出し発表した。
全身コブだらけの服、シワシワの服、
そして、川久保自身は、いつも髪を刈り上げていた。
女性とはこうあるべき、という概念すら変えたかったのであろう。
それは、兼ねてから、僕もずっと思っていて
どうして、決まった形の服しかないんだろう…
と、ずっと疑問に思っていたことでもある。
川久保玲の世界は、最初こそ酷評されたが、徐々に他のデザイナーも
いろんなデザインを取り入れ、
世界でも、最も影響力のあるデザイナーとして認められることとなった。
長くなってしまったので、いくつかに分けて
書いてみることにして
個人的、お気に入りの
Comme de Garcons homme plus
の写真を載せてみますね。
とりあえず、僕が実際に着てるもので…。
ジャケットは、カットオフになっていて、
前身頃、後ろ側がカットされています。
(二枚目がわかりやすいかな)
シャツは、見事に捻じれています。
スカートは、"Comme de Garcons Comme de
Garcons " 通称"コムコム" のもの。
スカートですが、両側に足を入れてパンツにもできるデザインなのです。
ただ、それだとシルエットが美しくないので
スカートとしてそのまま穿いてます。
帽子はボルサリーノ、靴は、カンペールのスニーカー。
長くなってしまったので、今回はこの辺で…。
猪鼻康幸
追伸 早くジャケットを着れる季節になってほしいな。