私の光る君へ〜大河「光る君へ」38話・まぶしき闇・雑感〜見逃した方もどうぞ
【幕前芝居最高❣45分間ずっと演ってほしかった❣】
1009年新春、清少納言=ききょうの顔アップで始まる大河ドラマ。
㋖=ききょう、清少納言 ㋮=まひろ、藤式部、紫式部
㋖「光る君の物語を読みました。引き込まれました。あんなことを一人でじっとりとお考えになっているとはたまげましたわ。まひろ様は誠に根がお暗い。」
㋮「根が暗いのはわきまえております。」
㋖「光る君は、そばにいたら、一言いってやりたいような困った男ですわね。玉鬘の君に言い寄るところのしつこいいやらしさなどあきれ果てました。されど、そういう困った男を物語の主になさって男のうつけぶりを笑いのめすところなぞ、誠にまひろ様らしくて(笑)まひろ様の漢籍の知識の深さ、この世の出来事を物語に移し替える巧みさ、どれもお見事ですわ。」
㋮「手厳しいききょう様からそのようにお褒め頂いて、うれしい限りですわ。」
㋮が㋖に藤壺の女房として働くことを提案。
二人の目の色が変わる。
㋖「それはお断りいたします。私は亡き皇后定子様のお身内をお支えする為に生きております。今は竹三条の宮で、脩子内親王様のお世話を致しておりますし、今日は敦康親王様のご様子を伺いに参りました。」
敦康の微妙な立場についての会話。
㋖「そのような綺麗事、源氏の物語をお書きになったまひろ様とも思えません。」彰子の心優しさを伝えるまひろ。
㋖「私はいかなる世となりましょうとも、皇后定子様の灯を守り続けてまいります。私の命はその為にあると思っております故。」
㋖「ところで、まひろ様は何故、源氏の物語をお書きになったのですか? もしかして、左大臣様にお頼まれになったのですか? 帝の御心から『枕草子』を消してくれと。…亡き定子様の輝きをなきものとする為に。」
㋮「帝の御心を捉えるような物語を書きたいとは思いました。」
㋖「わたしは腹を立てておりますのよ、まひろ様に! 源氏物語を恨んでおりますの!」 ~タイトル~
敦康11歳。(正月で年を取る旧暦。満年齢なら敦康は10歳1カ月。)
行成は藤壺で彰子と敦康に、敦康親王の元服の時期を、道長に相談すると言う。敦康は、元服したら藤壺を出ることになるので、まだ元服はしたくない、と言う。
2月1日
敦成親王の寝所の下から、呪符発見。
2月4日
行成が調査。円能という僧侶が浮かぶ。
円能の口から、伊周の縁者(叔母・高階光子、伊周の妻の兄・源方理)が、呪詛の首謀者として上がる。
陣定の結果、明法博士に諮問。明法博士は、死罪という勘申。
2月20日
道長は帝に、彰子と敦成に恨みを負わせないため、官位剝奪が相当と進言する。道長の進言通りに宣告。伊周は参内停止。
その直後か、帝と中宮彰子の臥所。
「敦康がおるから、敦成が狙われると思うか」。
「藤壺で寂しく過ごしておりました頃から、敦康様は私にとって、闇を照らす光でございました。敦成が生まれましても、その思いに変わりはございません。」
「朕は、敦康も敦成も、いとおしい。」
「私は、御上の御心と共にありたいと、願っております。」
内裏で月を見ている式部。
式部は、清少納言の亡き皇后定子への思いと覚悟の深さを思っている。
背後から、宮の宣旨が声かける。何故わかるのか、「子とうまくいってないのか?」と問う。
「夫婦であっても、親子であっても、誠にわかり合うことはできぬのではなかろうか?寂しいことではあるが…今日もよく働いた、早く休もう。」
【人生それぞれ山谷あり。ありがとうございます、先輩❣】
伊周の邸。
大急ぎで現れた隆家。部屋に入ってみると、狂気じみた伊周は暗がりで、恒例の呪詛。辺りには、大量の道長と書かれた人型。
首を振る、隆家。
【三浦翔平氏の鬼気迫る演技が、今回の本編の見どころ?!】
土御門邸。道長は頼通に、
「帝の心をいたずらに揺さぶる者が出ると、朝廷が混乱する。我らを心から信頼してくれる帝は、敦成様だ。家のためにではなく、民の為に良き政を行うのが目的。」と話す。
【この人が本物の道長。まひろの恋人とは別人、と思うことにした。】
3月4日。臨時の除目。
実資・大納言、公任・権大納言、斉信・権大納言、行成・権中納言、俊賢は既に権中納言。四納言揃う。
頼通は、実資に「ご指南を」願い出る。19歳にしては、かなりの策士。教わるのは「おいおい」と言うと、「指南とはおいおいするものではない。精進されよ‼」と、叱られる。(笑)
為時、8年ぶりに官職、左少弁。
いとが、道長とまひろの仲を「アレ」と言って気にしている。賢子が聞き咎め「左大臣様?」。為時の「母上の才をお認め下さった恩人である。」程度で終わる。
土御門邸。
道長が頼通の婿入り先を、具平親王の娘・隆姫女王ではどうかと、倫子に相談。倫子は、頼通の気持ちを気にする。
道長は、「気にする必要はない。男の行く末は妻で決まる、お前と結婚して今日の俺がある。」と言うので、倫子は満足。
【史実らしい~魔性の男?!】
内裏、式部の局。
「宿命 密通 不義 幸不幸」の文字を見つめる、式部。
道長現れ、式部が父の礼を言うと、娘の年を訊く。(11歳、裳着の年)
道長に式部は、賢子の裳着の祝いの贈り物を頼む。
道長は快諾し、娘も藤壺に呼んでは?人気の女房になるやも、と提案。
式部は、「人気の女房ならいい人が!」と…
あかね=和泉式部が藤壺の女房に。
【藤式部の紹介ということで「二人で才をひけらかすのよ!」という、左衛門の内侍と馬中将の君の陰口、新たな視点。】
あかねは『和泉式部日記』で、悲しみを癒したと言い、まひろは問いかけに、『源氏物語』は、頼まれて書き出したけれど、憂さは晴らせると答える。
帝と中宮の前。和泉式部も加え藤壺の女房達、頼通・頼宗も混ざり、貝合わせ。藤の花が舞って華やか。
藤式部は、源氏物語の後半に筆進む。
頼通と頼宗、異母兄弟だが、親しくなる。
頼通が高松殿に行くと明子は、道長と道綱のように、頼宗を引き立ててと頼む。明子も穏やかに…。
道長が敦成をあやしていると、敦康が彰子に甘えて膝枕!?。これを見て道長は、行成に敦康の元服の日取りを決める様に言う。
【道長、源氏物語読んで、もやもや?娘を信じなさいって。】
5月
頼通と隆姫の結婚。
彰子懐妊。
<6月19日 伊周の参内停止解除。参内せず。>
6月19日
道長、敦康元服の日取りを告知。
敦康、元服延期を父帝に頼むだろう。
彰子第ニ子出産の為、土御門邸へ。藤式部も。
9月24日
帝は道長に、敦康の元服を彰子の出産後まで延期を頼む。敦康の懇願の為だ。道長、仕方なく承諾。
10月5日
藤壺でぼや。敦康、姉の脩子内親王、清少納言も、伊周の邸に。
伊周やつれている。皆驚く。
「左大臣に邪魔にされている、中宮様に皇子ができた故、仕方がないが。」とぼやく敦康。
道雅「ぼや、誰の仕業か…」。
伊周、土御門邸に、道長を訪問。
東宮は敦康にと、平伏して頼む。
道長が参内しない理由を訊くと、「お前のせいだ!何もかもお前のせいだ!」叫びだす伊周。
「八剱や、花の刃のこの剣、向かう道長をなぎ払うなり」と叫びつつ、引きずり出される。
飛ぶ呪符。道長呆然。対屋に式部。
【見つめ合う40秒…】
紀行は
伊周が須磨関で隆家を思った歌
かたがたに別るる身にも似たるかな 明石も須磨もおのが浦々
次回レギュラー二人の死。