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出会いが最悪だった。
その見た目から、脳がチョコレート風味として処理してしまったために。
学生時代に誰かの何かのお土産にもらったそれは、上から見るとマーガレットを末広がりの円柱にしたようなフォルム、焦茶色で表面に艶があり、物によってはてっぺんにジャムや金箔をのせていた。
だからこれはチョコレート。
そう思い込んで口にした。
ブニョっとした食感。
チョコレート風味でないことは確かだったが、じゃあどんな味かと問われれば味の認識をする脳の処理スピードが著しく低下し、しばらく無味だった。
カヌレである。
予約しないと入手できない有名店。
そのくせ電話番号も住所も非公開。
お店の存在自体、某高級時計店を冷やかした際「よく行列が出来ているお店です。」の申し添えとともに、お土産として持たせていただときに認識した。
早速グルメサイト・SNSで検索すると高評価、ツウ(を自称する誰か)による称賛コメントであふれていた。
なんだか胡散臭いような気がしてあまりそそられず、結局そのままキッチンに置きっぱなし、賞味期限当日にその存在を思い出し慌てて食べることになった。
結論から言うと、後悔した。
お気に入りのカップにいい紅茶を淹れ、上等な器を用意し、陽当たりのいい空間で写真を撮ってから食べるべきだった。
歯を立てた瞬間に洋酒の香りがほんのり鼻を抜け、でもどこか“和”をはらんだような風味が口いっぱいに広がって、優しい弾力の食感に思わず顔がにやける。
カヌレがこれほど奥行きのある食べ物だったとは。
写真を残さなかったことを、2021年に入って一番後悔した。
今度銀座へ行ったらきっとお店を探してしまう。
いや、そういえばわたしはその場所を目がけても見つけられず、目的もなくふらついているときのほうが偶然にもその場所にたどり着ける、ややこしい星のもとに生まれている。
何かのインスタレーションでも観に行こうか。
それとも、自分へのご褒美に(数日ぶり数億回目)時計かアクセサリーでもあがなおうか。
とにかく、銀座へ行く別の理由を作ろうと思う。