「番茶と晩茶」定義を考察する(1/5) 現代の番茶の定義
番茶とは
喉の乾きを癒す日常の飲み物として長く愛され続けてきた「番茶」。
番茶の「番」には常用の、もしくは粗末なといった意味があり、特定の茶種を指さず、普段遣いの茶という意味で使われてきた歴史がある。住んでいる地域、また家庭によっても「番茶」と呼ぶ茶が異なるのはその為だ。
だから番茶とは何か、という問いに答えるのは簡単なようで意外に難しい。私が所属している晩茶研究会は「番茶」ではなく「晩茶」を使用している。番茶の定義を考察しながら、「晩茶」と「番茶」の違いについても解説する。
まずは、日本茶の様々な茶種の定義を定める日本茶業中央会の緑茶の表示基準をスタート地点に考察する。
日本茶業中央会の「番茶」の定義
日本茶業中央会の定義は曖昧
日本茶業中央会の緑茶の表示基準(P23/表1)に、番茶は「番茶又は川柳」として以下のように定義されている。
※この定義の番茶を仮に「中央会番茶」と名付ける。(中央会番茶=大きく成長した葉で作られた茶か、刈番茶・刈番茶は摘採後に伸びた遅れ芽を摘んだ茶で製法は煎茶と同じ。)
この定義に製法は指定されていない。「新芽が伸びて硬くなった」とはどの程度の状態を指すのかも定かではなく、他の茶種と比較すると定義としてはやや曖昧である。
以前のほうが具体的だった
日本茶業中央会の定義が昔から曖昧だったのではなく、実は以前の方が具体的だった。
※この定義の番茶を仮に「旧中央会番茶」と名付ける。(旧中央会番茶=大きい型の煎茶)
こちらの方が現代茶業における茶業者の番茶観に近い。製法は煎茶と同じで、葉が硬化してから摘まれる番茶が刈番茶か秋冬番茶で、煎茶の仕上げ工程で選り分けられた大柄な葉が川柳であり、茶業者が扱う番茶は概ねこれらの番茶だ。
旧中央会番茶は大柄な葉の煎茶と言い換えることができ、茶種としては煎茶に分類されても良い。これは新茶業全書(第7版・昭和58年7月1日)の茶業用語集にも書かれている。
伝統製法で作られる茶も番茶である
最近になって番茶の定義に製法の縛りがなくなったのはなぜか?
日本茶業中央会に改定の時期とその経緯について問い合わせてみたが、いずれもわからないとの返答だった。
よって、ここから先は推測になるが、2000年から始まる日本茶インストラクター・アドバイザー制度がそのきっかけになった可能性はある。
講座を受講して「多様な番茶の存在を初めて知った」、また「阿波晩茶を実際に味わって感動した」という方は多いはずだ。私は茶業者だが、一般の方と同じように碁石茶や阿波晩茶を試験前の研修会で始めてみて、随分驚かされた。
写真は左から碁石茶(蒸し製二段階微生物発酵茶)、日干晩茶(蒸製日干茶)、釜炒り番茶(釜炒製日干茶)である。この他にも阿波晩茶、美作番茶、ぶくぶく茶、バタバタ茶、京番茶など外観も製法も大きく異なるお茶が日本各地に点在している。
※これらの煎茶製法ではない番茶を仮に「伝統番茶」と名付ける。(伝統番茶:大きく成長した葉を原料に、様々な伝統製法で作られた茶)
日本に点在する伝統番茶は製法でひとくくりにできないが、原料は共通して古葉または硬い新葉である。これは旧中央会定義の原材料に関する定義と同じだ。
日本茶業中央会の現定義はやや曖昧に感じるが、これは製法でひとくくりにできない伝統番茶まで含める為で、やむを得ないと言える。
現代における番茶は大半が煎茶製法
ここまでに出た3つの定義を図にすると以下のようになる。
・中央会番茶:大きく成長した葉で作られた茶、又は刈番茶
・旧中央会番茶:大きく成長した葉で作られた茶
・伝統番茶:大きく成長した葉を原料に、様々な伝統製法で作られた茶
左側のグループは「新芽が伸びて硬くなった茶葉や古葉、茎などを原料として製造したもの」で、右側が「茶期(一番茶、二番茶、三番茶など)との間に摘採した茶葉を製造したもの」=刈番茶である。
中央会番茶の幅広い定義も、このように見ていくと大半が煎茶製法で、生産量は煎茶製法で作られる番茶が99.9%以上を占める。
定義としては伝統製法の番茶を「番茶」に加えたものの、生産や消費の現場では番茶=煎茶製法の番茶となってしまっている。
伝統製法は多様性の宝庫
伝統製法の番茶は多様な製法で作られており、桑原次郎右衛門によるとその種類は詳細に見れば全国に40~50、少なくとも15~16はあるとしている。
伝統製法が持つ多様性は日本茶業にとっても、また日本文化にとっても大切な財産であり、こうした観点からこれらの茶を煎茶製法の番茶と切り分け、適切な分類を設けることが普及促進、保護育成にとって重要であると考える。
次回は様々な研究者の分類方法を元に切り分け方について考察していく。