夫婦でなんか作る企み。書と刺し子。
note内のコミュニケーションも、運転マナーも、会社とか仕事での関係も、政治に対峙する個人という面でも、どこでも同じような問題が出てきますね。
私は自分のパートナーの行動一つもどうにかすることはできない無力な人間で、どうしたら良いのかまだよくわかりません。
夫婦間のコミュニケーションが足りていない気はしていて、話すこと自体が減った原因は、私の理解力が低いこと知識量が少ないこと感情的になること経済的に弱いことなどから、真面目に相手にしようという気を失せさせてしまったことが挙げられます。
さて、どうしたもんか。
唯一、私の方が得意なことは手先を使うことです。
作ったものを買ってくれる人が居たり、作品を見に直接足を運んでくれる人がいることを夫に知ってもらえたら、私の言葉に耳を傾けてくれるようになるかなと思ったんですけど、私が忙しくなるばかりで、今度は夫の方が私に暇が無いことを嘆くようになったり。
夫婦で仕事が分担できる関係になれたら一番良いのになぁと思うんですけど、夫にその気がなかったらどこから切り崩せば良いのかなぁと悩みます。
両親が自営業を切り盛りしていたのを見て育ったこともあって、補い合う関係に憧れがありすぎるきらいはあるんですが。
そうはいっても、私も仕事を頑張らなきゃ生きていけないから家庭内のコミュニケーションばかり気にしていられないし。
仕事に夢中になりすぎて、家庭を顧みる時間が減って夫婦間の溝がさらに深くなるんじゃないかなってそれが気になって、身動きがとれなくなっていました。
私が私の仕事にさらに夢中になっていれば、夫は自分でどうにかしようと考えるようになる可能性もあります。私が中途半端に仕事にも家庭にも気を配るから、夫はこの関係に甘えているのかもしれません。
還暦って難しい年代ですよね。
高齢者と言っても最近は若い部類だからまだまだ悩ませてやるのが良いのか、年寄り扱いして配慮してやりゃいいのか。
急に大きな病気が見つかる可能性も高くなるから、厳しい態度をとるのはためらわれるけど、これはもう私の覚悟の問題ですよね。
何をとるのか。
それで今日思いついたのは、刺し子の作品を一緒に作ることです。
私の夫は書道ができるから、夫に字を書いてもらって、それを私が布に写して刺し子してタペストリーかなんかにするの。
一緒に仕事をしようとか考えるからハードルが高くなるんであって、その前に一緒に何かやってみることを試してなかったなと思い至りました。
これは、夫婦っていう関係だからできることなのかもしれないとも思います。
書も刺し子も対価ややり甲斐がないとやらない類いのものだから、商品や作品として取り組む場合、どうやって利益を分配するかとか、その作品の権利をどのように分けるのかっていう問題が必ず発生するけど
夫婦で作ってみるのはそういうところがうやむやにできるし、別に商品や作品になり得なくたって、形見にはなるなって。
これは以前、カルタが欲しくなった時に夫に書いてもらったもの。振り返れば、なんて図々しいお願いをなんの意味もなくしていたもんだ。
私は書の良し悪しなんて、てんでわからないけど、一緒に過ごした記念に何か作ってみるのも良いのかもしれません。
それが、夫婦間のコミュニケーションを増やして家庭を円満にするなら、現代の刺し子の在り方として理想の形のような気もします。
意味がないことをしてみるのって私にとってはいつも挑戦です。
それに人を巻き込もうとかいう気になれた時点で私も大人になったなぁと思います。
夫に刺し子用の書をお願いするなら、永年なんとかかんとかっていう長いやつがいいけど
ちょっとめんどくささがすごいから(うちの夫はめんどくさいのが嫌い)
まずは、やっぱり百人一首のどれかかな。
墨をすったらもう何文字書いても一緒だろうけど、書道ができるって言っても習慣があるわけじゃないから、墨をするということをさせるのはなかなか大変そうです。
それに、書道のなんたるかも知らないくせにって思われる可能性もある。図星だから開き直って無理やりしつこく頼もう。
最近拾ったあの子猫みたいにずうずうしくいこう。