睡眠薬を探せ(在宅医療)
90歳に達しようかという豪傑ばあちゃん。
3年ほど前から呼吸機能が悪化し、在宅で酸素を吸っている。
先日、容態が急変し近くの病院に緊急入院されたのであるが、わずか数日で退院。
以後の在宅での治療継続を依頼された。
いまひとつ病院での経過がわからなかったのでお尋ねすると、病院に入院はしたものの、夜になると大騒ぎをやらかし、ご家族が周囲に気を遣って連れて帰ってきたというのが真相のようである。
ばあちゃんが呆けているのかといえば、これが生まれてから今までのこと、すべて事細かに記憶しているのではないかと思われるほどの聡明さ。
まあ、急に環境が変わると混乱して騒ぐことはしばしばあることなのであるが。
往診に行き始めてしばらく経って、訪問看護から連絡が入った。
「何も食べられていないようです」
往診すると呼吸状態はあまりよくないものの急変という訳ではなく、昨夜一睡もできなかったため、怒って食事をしていないとのことであった。
早い話、軽いハンスト。
自分が寝られないだけならいざ知らず、真夜中に息子さん夫婦をたたき起こし、夜通し睡眠薬を探させたようである。
息子さんもお嫁さんも、ぐったりと疲れ果てた顔をしている。
可哀想になあ。
呼吸状態を考えると睡眠薬は好ましくないのだが、同じような事が続けば本人はもちろんのこと、ご家族が疲れ果てるのは目に見えている。
「なくなっちゃったものは仕方ないでしょ。私が代わりに処方するから、病院でどんな睡眠薬を貰っていたのか教えて下さい」
ばあちゃん、普通に
「睡眠薬? そんなもの貰ってない」
「え? だって、昨日の晩、息子さん達に探させたんでしょう?」
「家中探せば、睡眠薬のひとつぐらい、どこかから出てくるかと思ってなあ・・」
その時、玄関で正座し、両手をついて私を迎えてくれるような物静かで上品なお嫁さんが、一瞬、般若の面を思わせるような表情で、
「おばあちゃん、睡眠薬・・もらってなかったの!?」
ばあちゃん・・お嫁さんに酸素チューブ結ばれても知らないよ。