【解説】最高に面白い映画『傷物語』は【物語シリーズ】の映画ではなかったという話
※ネタバレ注意
小説版か三部作版しか触れてなく、更に現時点で新版を見る気があるよ!という方はブラウザバック推奨です。
どうも、ヤバスギ謙信です。
『傷物語-こよみヴァンプ-』、見ました。
めーーーーーーっちゃ面白かったです。最高だ…。
物語シリーズの原点である傷物語は、元々三部作として作られた映画です。
今作はその三作に新規カット・再編集などを加えて一つの映画として作り直したものになります。
声も撮り直してるらしいですね。すげー……。
私は正直三部作版の傷物語があまり好きではありませんでした。
原作の良さが潰れていたと感じたからです。
ですが今作は、個人の感想にはなりますがハッキリ言って原作を超えてます。
とはいえ、評判を見ると賛否両論で、新規カットや構成を高く評価する声もあれば、重要なシーンがカットされていることへの批判も見受けられます。
そこで今回は、カットシーンの中でも特に重要なエピソードである、「キスショットの心臓の話」を中心に、新版傷物語について考えていきたいと思います。
何故キスショットの心臓の話はカットされたのか?
まず心臓の話とは何か。
原作及び三部作版において、物語終盤に忍野メメから阿良々木暦に衝撃の事実が伝えられます。それは
『キスショットは四肢の他に心臓を失っており、それを奪ったのは自分である。キスショットが3人のヴァンパイアハンターにあっさり負けてしまったのは、自分が心臓を抜いたことで弱体化していたからだ。』
という内容のものです。
この事実は
・忍野メメの圧倒的な実力
・怪異の王であるキスショットがヴァンパイアハンター3人ごときに負けた理由
この二つを非常にわかりやすく示し、読者・視聴者に大きな衝撃を与えるものでもあります。とても人気のある展開と言っていいでしょう。
ですが、新版『傷物語-こよみヴァンプ-』において、この心臓の話は丸々カットされています。
Twitter(現X)で『キスショット 心臓』と調べるとこれがカットされたことに対する疑問や怒りの声が多数見受けられますし、実際自分も映画館で見ていたときはカットする意味が理解できませんでした。
一体何故、新版傷物語ではこのエピソード(ヴァンパイアハーフの方ではない)がカットされてしまったのでしょうか?
これを紐解くには、新版傷物語がどういったテーマで作られた映画なのか、何を描きたかったのかを考える必要があります。
この映画は物語シリーズの映画ではありません。
何を言っているのかと思うかもしれませんが、そのままです。
この映画は物語シリーズの三作目にして原点の物語、小説版『傷物語』の映画化ではなく、
小説版『傷物語』及び『終物語・中』を原作として作られた、キスショットとその眷属の関係性を描く全く新しい映画なのです。
観た方ならわかると思いますが、新版傷物語は小説版にすらないエピソードの新規カットがいくつか存在します。
これらの新規カットの元ネタとなっているのは、『傷物語』以降の物語で新たに語られた数々の設定です。
特に、キスショットの1人目の眷属である死屍累生死郎の出てくる終物語・中が重点的に取り上げられていました。
また、この映画では原作の傷物語に存在したいくつかのエピソードがカットされています。
尺の都合と言えばそれまでですが、このカットには意図的なものがあると私は考えています。
今作でカットされているエピソードとしてパッと思いつくのは、先ほど触れた心臓の話や、羽川が阿良々木と喧嘩する話、羽川がエロいことをする話などなど。
様々ありますが、私が思うに、カットされたエピソードは一貫して
『羽川・忍野のキャラクターを掘り下げるもの』なのではないでしょうか。
物語シリーズを語る上で、羽川翼ほど重要なキャラクターはいません。
キスショットと並んで、阿良々木暦の人格を形成する重要な人物と言えますし、彼女の抱える闇は物語シリーズの中でもトップクラスに根深いものです。
忍野メメも、出番こそ限られていますが、その圧倒的な実力と彼が周囲に与えた影響は計り知れません。
何せ2人とも化物語1話から出てくるわけですし、こんなことは最早言うまでもないでしょう。
だからこそ、傷物語を再構築する上で、彼らの掘り下げ話は必要なかった。
原作小説『傷物語』は、時系列的には一番最初の話ですが巻数的には三巻目となっています。
ですから当然、この後の時系列に存在する『化物語』及び『猫物語・黒』への伏線を張らなければいけないわけです(猫黒はまだ小説として発表されていませんが、そういった事件があったことは化物語時点で確定していました)。
また、原作版・3部作版(加えて漫画版の傷物語エピソードも)は、
キスショットの物語であるにも関わらず、ヒロインとしての色は羽川翼の方が強いのです。
もちろん羽川は物語シリーズの重要キャラクターなのでこの扱いは全く問題ないのですが、傷物語を読んで(観て)、「何で阿良々木は羽川を選ばなかったんだ!」と思った方は多いのではないでしょうか。
ですが、傷物語を「物語シリーズの原点」としてではなく、「キスショットと眷属の話」として作り直す上では、羽川のエピソードは全く必要ないのです。
キスショットは小説版傷物語や、その後の物語シリーズを通して凶悪な怪異として描かれ、ヒロインとしてスポットが当たるとしてもそれは忍野忍である、ということの方が多かったように思います。
オフシーズン以降ではスーサイドマスターやうつくし姫の話で大分キスショットにもスポットが当たっていますが、それでも
阿良々木暦とキスショット・アセロラオリオン・アンダーブレードの間に確かに存在した絆
にスポットを当てた作品というのは今まで存在しなかったのではないでしょうか。
物語シリーズの映画化ではなく、キスショットと眷属の関係性を描く独立した映画。
新版『傷物語』は、そういった意味で非常に強い意図を持って制作されているように思います。
だからこそ、一つの作品として完成させるため、エピソードの取捨選択をする必要があったのです。
(筆者は一応原作最新刊まで読んでいますが、オフシーズン辺りはうろ覚えの話も多いのでそういった話が既にあったらごめんなさいします。)
でも心臓の話は忍野の掘り下げだけじゃなくキスショットの強さを示す話でもあるよね?
本題に戻ります。
確かにそうなんです。心臓のエピソードは忍野の圧倒的実力を示すと同時に、キスショットがヴァンパイアハンターごときに負けないということを示すものでもあります。
このエピソードがカットされたということは、
新版傷物語では「キスショットは阿良々木暦ですら勝てるようなハンター3人に四肢を捥がれてしまった」ということになってしまうのです。
そこで新規カットの話になります。
この映画ではいくつもの新規カットが存在していましたが、特に印象的なのは終盤、阿良々木暦がキスショットの血を吸った後のシーンでしょう。
瀕死のキスショットを抱きかかえ、涙を流す阿良々木。
そして、場面は序盤の駅、キスショットが第一の眷属・鎧武者死屍累生死郎の幻影を見ているシーンに飛びます。死屍累はキスショットの前から立ち去り、それを追いかけようとするキスショット。瞬間、キスショットの四肢が吹き飛び、阿良々木が出会ったときのように血まみれになって倒れ込みます。
(映画館の記憶なのでシーンが前後してる可能性はありますが悪しからず。順番はともかくどちらも存在はしていたシーンです。)
要するに、キスショットは死屍累生死郎の幻影に気を取られ油断し、その隙にヴァンパイアハンターの3人は四肢を捥いだというわけです。
いや…、幻覚を見て負けるってどうなのよ…、と思ったそこのあなた。
実はこれ、幻覚ではありません。
これは終物語・中で語られることですが、キスショットが日本に再来したとき、長い眠りについていた死屍累はその妖気に当てられて復活しているのです。もちろん完全復活ではありませんが、キスショットの前に霧のような形で姿を現すのは容易なことでしょう。
第一の眷属である死屍累生死郎の話は、劇中でも古傷物語として(これもまた新規カット)大きく語られています。
小説版の時点では存在しなかった死屍累というキャラクターを上手く接続したことにより、キスショットが阿良々木を助けた動機や、キスショットの阿良々木、及び眷属に対する想いがより鮮明にわかるようになっているのです。
別作品のエピソードを拾うことによって、原作者すら生み出せなかった新しい傷物語を作り上げているのです。
終わりに
物語シリーズのアニメは、基本的には非常に原作に忠実な作品です。
例えば、アニメ恋物語において貝木泥舟がモノローグ上で「読者」というシーンとか。
とにかく原作のストーリーラインを改変する、ということはなかったと記憶しています。
だからこそ、この『傷物語-こよみヴァンプ-』は意味がある作品なのだと思います。
優秀なアニメーターである尾石監督が、11年かけて作り上げた新しい傷物語。
鉄血・熱血・冷血ではなく、原点である『こよみヴァンプ』という副題を掲げていることにも想いを感じずにはいられません。
キスショットと阿良々木暦の物語、観てない方は是非観に行って欲しいです。単純に映画としてめちゃくちゃ完成度高いので。
また、新版の改変に疑問を持っていた方がこの記事を読んで、少しでも新版の理解に繋がっていれば幸いです。
そして、キスショットについて。
キスショットは物語シリーズの始まりの怪異です。
阿良々木暦を作り上げた怪異であり、忍野忍として阿良々木暦に作られた怪異でもあります。
阿良々木が今後どのような人生を送ろうとも、彼女との縁は切ることが出来ません。
阿良々木暦と忍野忍、そして戦場ヶ原ひたぎの絆の物語は、原作最新刊である戦物語で語られています。
第一作・化物語を思わせる非常にいい作品ですので、読んでない方は是非読んでみて欲しいです。