江戸の奇才・平賀源内と彼を取り巻く人間模様



江戸時代の多才な学者・平賀源内は、博物学者、発明家、作家、芸術家など多岐にわたる分野で才能を発揮した人物です。その一方で、彼の人生は波乱に満ちており、個性豊かな人間関係や困窮した生活、さらには衝撃的な事件など、数々の逸話を残しています。本記事では、平賀源内の人生を彩る3つのテーマに焦点を当て、彼の知られざる側面に迫ります。

1. 田沼意次との関係:オランダ貿易の未来を託された男

平賀源内が活躍した時代、幕府の財政改革を進めていた老中・田沼意次は、新しい知識や技術を取り入れることに積極的でした。そんな意次が特に信頼を寄せたのが源内です。

オランダ貿易と鉱山開発のアドバイザー
源内は、オランダ貿易や鉱山開発に関する専門的な知識を持つ人物として、田沼意次の屋敷に頻繁に出入りしていました。特に、彼がオランダの科学技術を取り入れた「エレキテル」の実演は当時の人々を驚かせ、意次の関心を大いに引きました。また、意次は源内を出島のオランダ商人の元に遊学させるなど、彼を重用していたことが分かっています。

関係の断絶
しかし、源内の人生は順風満帆とはいきませんでした。ある時、源内は殺人事件を起こし、その罪で投獄されることとなります。この事件をきっかけに、田沼意次との関係は途絶えました。意次にとっても、将来を期待していた源内との関係が途切れたことは痛手だったことでしょう。

2. 「貧家銭内」の自嘲と才能:困窮の中に輝く発明と学問

平賀源内はその多才さで知られる一方、生活面では苦労が絶えませんでした。彼が自嘲的に名乗った別名「貧家銭内」には、困窮の中でも奮闘し続けた彼の姿が映し出されています。

困窮する日々
源内は生活の糧を得るため、細工物の制作や発明を行っていました。中でも「エレキテル」や「寒暖計」といった発明は、現代においてもその先見性が評価されています。また、物産学や本草学の研究を通じて、江戸の知識層に影響を与えました。

多才さの裏側
源内の多才さは、発明や学問にとどまらず、戯作や絵画、さらに陶芸にも及びます。しかし、これらの活動がすべて経済的成功に結びついたわけではなく、彼の生活は常に不安定でした。それでも、「貧家銭内」という名には、逆境に負けない彼のユーモアと気概が感じられます。

3. 男色の文化と『根南志具佐』:二代目瀬川菊之丞との関係

江戸時代の文化には、男色が公然と存在し、それが芸術や文学のテーマになることも珍しくありませんでした。平賀源内もまた、この文化の中で特異な存在として知られています。

瀬川菊之丞との関係
源内は、当時の人気女形役者である二代目瀬川菊之丞(路考)との関係で注目されました。菊之丞は美貌と才能で江戸の人々を魅了し、源内との関係も公然のものでした。二人の絆は深く、源内はその思いを戯作『根南志具佐』に描きました。この作品は、男同士の恋愛をテーマにしたもので、江戸文化の多様性を示す貴重な記録でもあります。

文化と個性の融合
『根南志具佐』は単なる恋愛小説ではなく、源内の博識と芸術的才能が詰まった作品です。二人の関係を題材にすることで、当時の社会や人間模様を描き出し、多くの読者に感銘を与えました。

終わりに

平賀源内は、江戸時代という特異な時代背景の中で、自身の才能を余すことなく発揮した奇才でした。しかし、その人生は成功と挫折、栄光と困窮が交錯する波乱万丈なものでした。田沼意次との関係や「貧家銭内」の名に込められた苦悩、そして瀬川菊之丞との関係に代表される個性的な生き方――これらすべてが、源内の魅力を形作っています。

彼の足跡をたどることで、私たちは江戸時代の多様な文化や価値観に触れることができます。そして、どんな逆境にも屈せず、自らの道を切り開いた源内の生き様は、現代に生きる私たちにとっても大きな示唆を与えてくれるのではないでしょうか。

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