人間になぜ、五感があるのか
人間が学習するためと仮定する。
人間が学習するのはよりよく生きていくため
その際、五感は学習(=インプット・アウトプット)の効果を最大限にする。
たとえば授業中、黒板の内容なんてスマホのカメラで撮影すれば手元にデータとして残るだろう。そこで、ノートを閉じ、ペンを置く。
見て、聞くだけの授業。なんとも楽だ。
しかし、視覚と聴覚だけに頼る学習方法や環境は、
『末梢神経の刺激から得られる学習』を阻害する。
便利、簡単、効率的……
それを手にいれるために工夫することは大切である。
だが、その前にすべきことがある。
機能性や簡略化した方法・環境だけを用意すれば、大人にとっても都合がいい。
しかし、過程を疎かにしているツケを払うのは子どもや若者。
緊張を強いられる経験、苦難や困難、逆境などのプレッシャーを感じさせない育て方をしたらどうなるのか。
目的を持った留学生は『家族のため』『自分の野心のため』に学ぶ。同じ教室で机を並べる日本人の学生は何のために生き、學び、働くのか。
すぐに答えが出ないのであれば『キラキラしたキャリア教育』『大人の事情がからむ教育』から離れる頃合いではないだろうか。
学習の基本は家事手伝い、読み書きそろばんにある。
ムダも多いかもしれないが、五感が伴う過程にこそ学習がある。
これだけやっておけば大丈夫!に踊らされるのはそろそろに。
人づくり=国づくりを本気で進めませんか。大人のみなさん(^^;
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