BLの入り口
†堀あきこ/守如子編『BLの教科書』
恋愛小説は好きだけど、普段読んでいるのは異性愛物語のテクストが大半。たまに百合も読むくらい。BLといえば、まったく見たり読まないわけではないけど、どことなくスルーしてきた。でも平凡社ライブラリーの『クィア短編小説集』だとか、今年の初めに刊行された新潮文庫の『特別な友情』というフランス文学のアンソロジーを読んでみたり、そんないわゆる固めの文学な入り口から、入門しつつある。直球の性的描写は少しドキッとしてしまうけど、少しずつ自分の性的感覚を拡張するような気持ちで、人を愛することがどんなことなのか、その方法をいくつも試すように読んでいる。もちろん紙の上の話なのだけども。
だから『BLの教科書』はそんな初心者にとっては大変ありがたい本だった。なにせいまやBLと一口に言っても膨大な量の作品があるわけだし、どこから手をつければいいのか、どんな接し方をすればよいのかわからなかったから。この本は初学者を対象に、BLをどちらかといえば研究的な目線で見ることを説いている。しかし当然BLは実作なわけだし、その発展の歴史もそれを愛するファンコミュニティの存在抜きには語れない。だからふつうのファンの目線もしっかり書き込まれているし、愛好家にとってもとっつきやすい本になっているとおもう。
BLマンガといえば花の24年組の少年愛マンガから歴史が始まったことは、さすがに知っている。でも実際の展開がどうなったかは詳しくなかったので、『BLの教科書』はそれに数章を割いてBLの歴史的発展が記されているので、なるほどと勉強になった。とくに、竹宮恵子の作品が、まだ少年愛が全然メジャーではなく、よって編集部の理解も得られていない状態で、竹宮の「雪と星と天使と……」が予告とは違う形で印刷直前にゲラが編集に渡され、差し替えのきかないうちになかばだまし討ちのようにして出版されたという事情を知って驚いてしまった。それが読者には受け入れられたわけで、そうして勝ち取った人気をもとに「風と木の詩」の連載に持っていったという。そういう歴史的経緯が、教科書的に記述されているのだけど、その筆致もどことなく情熱的で、読んでいてこんなドラマがあったのかと感動を覚えた。先人の業績は偉大だった。
萩尾望都は少し読んでいて、実は竹宮恵子は全然読んだことがなかった。手をつけなければいけないなとはずっと思っていたけど。でもこの本を読んでいよいよ向き合ってみるかという気分にだんだんなっている。
また面白かったのはBL短歌を例に、「BL読み」という実践を紹介している第7章で、既存の異性愛物語テクストを、BL読みといって男同士の性愛にドライブをかけて読み替えてしまうクィア・リーディングの方法を紹介している。こうすることで作品のなかで異性愛的に解釈されてきたものも、それとは異なる愛し方を試すクィアなものとして新たに読み直すことが可能になる。
いまの文学研究だと、こうした物語の新しい解釈を提示する論というのは、何か新しい歴史的事実を発見する論と比べて、どちらかといえばあまりインパクトを与えないものとしてなんとなく見られている。でも、ふだん国家や社会が押しつけてくる規範的な異性愛の物語に接している私たちにとって、異なる性愛の方法を試してみることは重要だ。規範的な異性愛というのは陰に陽にものすごく重圧を強いているものなので、それとは異なる生き方を示すだけでも、本当はすごく大事なことなのだ。「BL読み」はそうした異なる生のあり方について開かせてくれる。それがとても面白い。妄想ありきで初めてよいから、誰だってできる。というかふだんから大なり小なり誰でもやっていることだとおもう。それを改めて主題にしたところに、「BL読み」の面白さがある。