教えるタイミング
私の小学校の先生はいつもこの言葉を繰り返されました。
「継続は力なり」。
私に音楽というライフワークを与えて下さった先生でした。
「大人になった時に『先生がこんなことを言っていたな』と思い出してくれればいい。」
その言葉通りに、今まで自分が歩んだ道のりのバックグラウンドに息づいていると感じます。
基礎教育、小中学校の先生という職業は、何と人生に大きな影響を与える仕事だろうか、と思います。
ビジネスでは一年スパン程度の数値目標管理に縛られ、数年先のことすら見失いがちです。一方、生涯の影響を受けた恩師は、教え子の数十年後に思いを馳せながら接しておられます。すごいことです。
人を育てるときに、どのタイミングでなにを教えるか、ということはとても難しい問題です。タイミングや成長の段階ごとに、理解できる内容や理解の仕方が違うからです。
このことを克服するために、「一子相伝」という概念があります。さながら武術の極意を教える師匠のようです。弟子の様子を観察し、習得度合いに応じて次の高みへの目標を授けます。
ある一定以上の高みに到達するには、形式知では伝えられない。このことは、様々な宗教にも表れています。
禅の世界には禅問答があります。チベット密教には「テルマ(埋蔵経)」という概念があります。霊的導きに従って、その時代に相応しい教えの記された書物が発掘されます。一旦文字にしたものはその後時間が経つにつれ陳腐化する、という概念があるからです。
キリスト教の新約聖書も、仏教の経典も、イエスやブッダが著したものではありません。後に弟子たちが、言行録をまとめて編纂したものです。教祖本人たちは、書物のような形に形式化すると、そこからの陳腐化、形骸化が始まることを分かっていたのだと思います。
教育リソースに欠乏していた私の子ども時代、「ギデオン協会」が無料配布する新約聖書を貪るように読んでいた時期がありました。
「ヨハネの黙示録」は終末の審判の物語が恐ろしく描写され、とにかく難解でした。その中にこんな一節があります。
「小麦一枡は一デナリ,大麦三枡は一デナリ。オリーブ油とぶどう酒を損なうな。」
まるで宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の一節、「一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ」のようです。
デナリというのはローマ帝国時代当時の通貨単位です。これは当時の単位で食糧を数えることで、迫り来る飢饉の様子を表現しているのですが、現代においては注釈なしには理解不能です。
ちなみに最近になってですが、「コリント人への手紙(コリントじんへのてがみ)」ってあるじゃないですか、と言ったところ、「あれは『コリントびと』と読むのですよ。」と言われ、恥ずかしい思いをしました。師につくことをせず独学で読むとはこういうことなのだ、と思いました。英語原典ではCorinthiansなのでジンでもビトでもどちらでも良いのですが。
言葉も、社会通俗・一般常識も全て時代によって変わります。その時代に合った言葉で表現しないと伝わらない。逆に言うと、意味が変質、陳腐化した過去の言葉がただ「権威」として残ると、「言葉の独り歩き」が始まります。
例えばポテトは中世ヨーロッパでは「悪魔の食べ物」と認識されていた時期があります。なぜなら南米原産のポテトはキリストの時代にはまだヨーロッパに伝わっておらず、聖書に出てこないからです。
教祖のある時の発言を取り上げ、のちに分化した各宗派が、「ウチの宗派は○○は食べていい、おたくはダメ。」これは、あらゆる宗教で、世界中で起こっていることです。
もしタイムマシンで教祖を召喚できるならば質問して確かめてみたい。このように言ってくださるのではないだろうか。「当時は調理方法がしっかりしていなかったから避けるように指導したけれども、今ならちゃんと調理して頂いたら良いんじゃないでしょうか?」
形にしたものは時とともに形骸化する。聖書では偶像崇拝が諫められていますが、その割にはキリスト教の教会は偶像だらけです。
個人への教育の話に戻しますと、
相手の状態を観察しながら教え諭していく、というのは根気と時間が必要な作業です。
相手の自発的な気づきを待たなければならないからです。
さらに、そういったやり方は、組織の上から「彼は指導者として何もやっていない。」と思われがちです。見えにくいからです。
ことサラリーマン組織では分かりやすい者が評価されます。部下を上司の前に引っ立て、「こんなことも分からんか!」とボコボコに罵ったうえで上司に歩み寄り、したり顔で「私が指導しました。彼も考えを改めるでしょう。」などというと評価されたりします。
上司として部下に接するとき、部下の数十年後の幸せを想像しているかどうか、あるいは自分の在任する数年間を道具として利用したいだけなのか、その違いがのちのち大きく変化することになると思います。
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