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夏子Kakoの庭 06 甘え上手
会社の2つ年上の同じ経理課の岸さん。わたしには憧れの先輩だ。明るくて前向きで朗らかで、周りの雰囲気を変えてしまうオーラをいつも持っている。会社が終わって、わたしはバス停へ、岸さんは自動車通勤なので駐車場へ向かうときに300mくらいの小路を一緒に歩いて帰った。
「かこは甘え上手?」岸さんがいきなり話題をふってきた。
「わたし、甘えるのはすごく苦手です」
最初は「かこさん」とか「かっちゃん」呼んでくれたけど、今では「かこ」って呼び捨てになっている。自然にそういう風になってきた。
「私は実家が自営業で両親とも働き通しだったから、甘えてはいけないって思い続けてたんだ。今思うともっと甘えられる性格だったら人生違ったかもしれないな」深い内容なのにあっさり交わしたことばだった。
前に何かの雑誌の記事で、変な意味じゃなくて、何気なく「海が見たいな」とか「季節の蟹が食べたい」とかボソッとつぶやかれると、叶えてあげようっていう意識がはたらくらしい。とくに男の人にはこのようないつもは何も言わないけれどボソッとつぶやかれると逆に気になるそうだ。岸さんの言っていた甘え上手とは違うかもしれないけど、確かに甘え下手はいいのか悪いのか、甘え上手がいいのかどうかはよくわからない。でも今思うと小さい時に両親や周りからもっと期待していたように喜んだり、もっともっと甘えてほしい場面で、自分がそうしてきたかって思い返すと、全然そのような期待に応える反応はしていなかったと思ってしまう。
わたしが小学校1年生か2年生くらいの時に、デパートの一角にじゅうたんのような敷物でピアノの鍵盤があって、足で踏んだら音が出る子ども広場が企画されていた。賑わった場所に両親がわたしを連れて行ってくれた。
他の子どもたちは歩いたり、ジャンプしたり、中には器用にドレミ、ド・レ・ミって弾いていて自慢げに笑いあっていた。
わたしも「夏子も行っておいで」って両親から背中をそっと押されたが、どうしても足が一歩も動かなかった。頭では楽しそうだなって思っても、恥ずかしさや何とも表現できない思いが渦巻いてしまう。二度、三度と「楽しそうだよ」って後押ししてくれる両親の言葉も、だんだんあきらめのような雰囲気になってしまった。なんでこんな素直になれないのだろう。小さいながらも精一杯に思ってみても頭の中ではくるぐると渦巻いていても、体は固くなってしまうばかりで何もできない時間が通り過ぎていった。
岸さんから「甘え上手」の話を聞いて、それ以来自分の変な性格をこれからどういう風にしていけばいいのか考え続けている。でも肩に力を入れないで思ったことをそのまま、わからなければ「難しくて分からない」って言えればその場の風は流れていくことは何となくわかってきている。だから岸さんとも、また佐伯さんとも、会社でもなるべく自分の殻に閉じこまらないようにしようと思っている。会社に入って少しずつ日々が過ぎていく中で、自分が考えているほど自分のことを人は見ていなくて、でも自分のことは自分でしなくてはいけないような歳にもなって、これが大人になるってことかなとも思う。
だから先日、夜ごはんで久しぶりに家族がそろって笑いあえるような時間が当たり前のように持てたのは、わたしが少し素直に時間を過ごせるようになれてきたことだからなのだろう。亡くなった大おじいちゃんが「花を育てるのは苦労だが、世話をして少しずつの成長を見るうちに苦労を忘れてしまう」と代々その仕事をおばあちゃんからお母さんに継承していく仕事。花を育てるということ。自分の時間よりも人の時間を共有して、そこに幸せを感じることの大切さ、そういう風に物事を感じ取るものの見方や視点てあるのなのかとも思う。
洗濯物をたたんでいて、お母さんも台所で食器を洗っていてふと尋ねた。
「おかあさん、わたし甘え上手じゃないよね。変な性格だよね」
お母さんはこう言った。
「そうかもしれないね。でもそういう風に夏子が自分でも思っていて、周りにはすごく気を使って悩んでいるなっていうことは、お母さんにはわかっているから、、、。表には出ない甘え上手な気持ちを持っているね。親子だもんね。いわなくても分かってるよ」