メタモン少女の、現在に至るまで。 (八方美人)
[内容ざっくり]
・メタモン少女の幼少期
・嫌われないことと、勝利すること
大学三年生、現在休学中です。(2020/5/29)
今は六本木の自律と自立が求められる素晴らしい会社で、働きながら学ばせて頂いています。
そしてこれから長い将来をどうするのか、決めていかなくてはならない。
自己理解を深めるため、今回はここまでの人生を棚卸していきます。
Ⅰ.メタモン少女 (・〰・)
相手によって変化自在だった幼少期の自分を、
ひとことでタイトルのように言えます。
メタモンとは、どんな相手にもなれる、「へんしんポケモン」です。
(ポケモン見ていた方は分かるはず(笑)今もメタモン出てくるのかな?)
よく言われた印象は、「優しいよね!」
私は小学1年生から6年間、スポ少で剣道を習っていました。
きっかけは、兄が始めたから。
毎週土曜、日曜は、鬼の練習。👹
周りの9割が男の子で、痛いし、なかなか勝てない。
兄の影響とはいえ自分で初めたのに、毎週休みたい気持ちでいっぱい。
女の子のお友達は3人いましたが、年下だけど気が強いのなんの。
男の子との関わり方もわからない年頃! ※今も。
とにかく周りをよく気にしていました。
試合もきっと、本気で勝ちたい!と思っていたなら勝てたはず。
でもそれより、試合相手の気持ちの変化を読んでいた記憶があります。
当時の私の願望はおそらく、
「人と仲良くしたい」裏返すと「嫌われたくない」でした。
学校ではスポ少よりもいろんな人がいるので、
いつものメンツといると姉御肌、イケイケの友達には妹感があるといわれ、様々な友達がいました。
これは決して悪いとは思いません。が、
最近の学びや、環境のおかげで気付いたことは、
自分や人に勝ちたいなら、厳しくある必要があるということ。
厳しいというのは、言葉や態度の問題ではなく、
自分の立場(意見)をはっきりさせることとも言えます。
「一緒に」「誰か」「いつか」これらのワードでぬくぬくしていると、
現状維持以上の結果は手に入りにくいということ。
負けないけど、勝ちもしない。
まさに私の剣道人生。メタモン時代。
でも、一度だけ、大会で銀メダルを貰ったことがあります。
その時は運が良かった。
そして、
その運が回ってくる瞬間まで、剣道を辞めなかった。
当時私にとって最凶悪魔である、辞めさせなかった母にも、感謝しています。
これまでの人生も何にも代え難く好きだし、全てのことに感謝できます。
でも昨日より0.1ミリでいいから多く、好きになる今日にできたら
自分にとって最高です。
だからこそ、大切にしたいもの(自分の立場)を見失わないよう
歩きたいです。
そんな自分の変化を、数年後にでも読んで、笑いたいと思います(笑)
次回、第二エピソードは「大切なものとは?」に関して書く予定です。
ここまで見て下さった方、ありがとうございます!^^
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