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こんな家庭にしたい

家の外、つまり社会は、生産性や向上心があってこそ認められる傾向にあると思います。全てがそうではないけれど、大部分は。

子ども達の場合も、向上心がある子、勉強ができる子、など頑張れる子やなにかに秀でている子が認められる傾向にあるようです。

だけど………だからこそ、家庭は、成果とか生産性に関係なく、いるだけで認められる場所でありたいと思います。そういう家庭を築いていきたいとある時からずっと意識して思っています。

ある時とは、イタリアからルクセンブルクへ移住した当初

2017年の夏にイタリアからルクセンブルクへ移住しました。
当時、長女は7歳。イタリアで生まれ育ったのでイタリア語と、私が日本人なので日本語がわかりますが、ルクセンブルクの小学校で使われるルクセンブルク語もドイツ語もフランス語もわかりませんでした。

そのことが、私は、長女本人よりも怖くて怖くてしょうがなかった。
だけど、不安な顔をしている場合じゃないしと、私にできることはなにかと一生懸命考えては行動にうつしていくことに努めました。

そうしてでてきたひとつの答えのようなものが、「家庭を心地よい場所にすること」でした。

これから、国をまたぐ転校をして、言語の習得や文化へ馴染んでいくことが難しいかもしれない。お友達とうまく遊べないかもしれない。先生の言っていることがわからなくてつらいかもしれない。勉強についていけないかもしれない。

でもせめて、家は、頑張らなくても認められる、というかすべてOKな場所と認識してもらえれば、また外に出たくなる。その繰り返しできっと外にも居場所ができる、と考えました。

後から振り返ると、7歳の長女にとって、ルクセンブルクの小学校へ通うことは、そんなにハードルの高いことではなく、むしろ自然なことだったようです。「家族で引っ越したから学校も変えた」ぐらいの感覚っぽい。

私「最初、ルクセンブルクの小学校へ変わって、大変だった?」
長女 「なにが?」
私「言葉がわからなかったり、お友達作っていったりするのが」
長女 「……全然」

彼女にとって、移住は、「家庭が心地よかったから、移住なんてなんともなかった」のか、「すでにバイリンガルで日本とイタリアの文化と言葉に触れていたから、新しい言語や文化に慣れていくことに何の抵抗もなかったのか」因果関係はわかりません。

取り越し苦労だったのかもしれないけど、移住して、慣れるのに時間がかかったのは間違えなく大人の二人=私と夫!特に私!!

そして、救われてきた、ここまでやってこられているのは、家が心地よかったこと、家を心地よくしていこうとしていたところが大きいと思います。

だから子ども達のためだけではなく、夫婦にとっても家庭は、成果とか生産性に関係なく、いるだけで認められる場所でありたいし、これからも、守っていきたいと思います。

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ひろこ
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