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21世紀最大のロック・センセーション、マネスキンの『Rush!』はなぜ世界中で低評価だったのか?

マネスキンが「21世紀最大のロック・センセーション」である理由

イタリア出身の4人組、マネスキンは21世紀最大のロック・センセーションである。2023年3月現時点で、そう断言することに1ミリの迷いもない。

誰もが知るように、2010年代にロックの求心力は地の底まで失墜し、ポップとラップ・ミュージック全盛の時代が訪れた。

そして2020年代に入ってからは、ラテン音楽、アフロビーツ、K-POPなどが躍進し、音楽のグローバル化が推し進められている。

もちろんThe 1975のように2010年代にブレイクしたバンドも例外的に存在する。だが彼らは、「ロック・バンド」とも「ポップ・バンド」とも容易には定義しがたい。

オーセンティックなロック・バンドの新人が商業的にも文化的にも大きなインパクトを持つこと、それはここ10年以上ほとんどなかった――そう、マネスキンを除いては。

2021年5月のユーロビジョン・ソング・コンテスト優勝をきっかけに、マネスキンは一気に欧米のチャートを席巻した。

TikTokでバイラルしたフォー・シーズンズのカバー「Beggin’」はヨーロッパ5ヶ国で首位を獲得し、アメリカでは13位というメガ・ヒット。

ユーロビジョンで披露して優勝を勝ち取った曲「Zitti E Buoni」は、ヨーロッパ4ヶ国で1位、3ヶ国で2位の座を射止めている。

そして世界的なブレイク後、初めて送り出されたアルバムが最新作の『Rush!』だ。これもまた見事な結果を残している。

母国イタリア、ベルギー、オランダ、スイスなど11ヶ国で1位を獲得したのをはじめ、ヨーロッパでは軒並みトップ10入り。アメリカでは18位に食い込み、さらにはここ日本でもオリコン初登場8位という快挙を成し遂げた。

☝マネスキンが公開した『Rush!』のチャート順位

上の画像を見てもわかるとおり、欧米での順位はブレイク時から微塵も落ちていない。

これは、「マネスキンはただ物珍しいだけの飛び道具で、その人気は一過性のものに過ぎない」という否定派の声を打ち消すのに十分な結果だ。

過去20年強、これほどまでの現象を巻き起こすロック・バンドはいなかった。それゆえに、マネスキンは21世紀最大のロック・センセーションと呼ぶに相応しい。

『Rush!』に手厳しい欧米のメディアたち

だが驚くべきことに、欧米メディアの『Rush!』に対する評価はかなり渋い

イギリスの新進インディ・メディア「Dork」や、イギリスの新聞「The Telegraph」「Evening Standard」は、いずれも5つ星満点中で星4つを与えているものの(主要メディアではこれが最高点)、決して絶賛という点数ではない。

より影響力が強いメディアの評価はもっと厳しい。イギリスの高級紙「The Guardian」とその日曜版「The Observer」は、どちらも5つ星満点中で星3つ。イギリスの老舗インディ・メディア「NME」も5つ星満点中で星3つだ。

「NME」は近年5つ星満点を乱発する傾向にあるので、星3つはかなり渋い。2022年を例に取ると、星3つより評価が低い星2つは年間で2枚しかなかったくらいだ(もちろん星1つはゼロ)。

☝「NME」のレビューのキャプチャー画像

一番手厳しいのは、最も影響力が強いインディ・メディアの「Pitchfork」だ。その点数はなんと、10点満点中2.0点

☝「Pitchfork」のレビューのキャプチャー画像

「Pitchfork」は今のようにエスタブリッシュされる前、2000年代前半までは極端な点数付けが売りで、1点や0点を連発していた。だが最近は、お行儀のよい点数付けに涼しい顔でシフトチェンジしている。

実際に調べてみると、2.0点以下がついたのは、グレタ・ヴァン・フリートの『Anthem of the Peaceful Army』(2018)の1.6点以来、5年ぶりだ。

つまり『Rush!』は、「Pitchfork」の2020年代最低点という不名誉の勲章を授与されてしまったのである。

『Rush!』は「狙い過ぎ、頑張り過ぎ」?

では、欧米のメディアは『Rush!』の何が気に入らないのか? 彼らの意見に耳を傾けてみよう。

まず「NME」が挙げる否定的なポイントは2つある。

1つ目は曲順だ。

アルバムのリード・シングル3曲は、アルバムに織り込まれているというよりも、最後に付け足されているみたいだ。

出典:NME

と指摘している。

正直このポイントは、筆者も初めてアルバムを聴いたときに引っかかった。しかし、あからさまに違和感を覚えさせる曲順なので、バンドに何か明確な意図があるのでは? とも感じている。

そして「NME」が挙げる2つ目の否定的なポイントは、マックス・マーティンや彼の弟子筋のポップ・プロデューサーが多数参加し、全17曲1時間7分の長大なアルバムになっているため、

時折やり過ぎ(overcooked)なところがある。

出典:NME

と感じること。

この点に関しては「The Observer」も同意見のようだ。

残念ながら、『Rush!』は全てのボックスにチェックを入れようと奔走しているレコードだ

出典:The Observer

と評している。

「The Guardian」も基本的には「やり過ぎ」という意見なのだが、収録曲の多彩さについては肯定的。

ポスト・ジャンル的で、カテゴリー分けを嫌う、「私って何でもちょっとずつ好きなんだよね」というストリーミング時代にぴったり

出典:The Guardian

として、曲の多彩さには現代性を見出だしている(ちょっと皮肉っぽい書き方だが)。

しかし「The Guardian」は、『Rush!』にはセクシャリティやジェンダーについてのシリアスなメッセージがあるにもかかわらず、

重厚さ、重みに欠ける。

出典:The Guardian

と批判している。

そして、重厚さの欠如を情熱で補おうとするあまり、

その情熱はリスナーをうんざりさせるような熱意に転化することもある。

出典:The Guardian

のだという。

正直この批判は、やや抽象的でわかりにくい。

だが、

「Supermodel」はリスナーに「Smells Like Teen Spirit」を想起させようと、やや必死になり過ぎている。

出典:The Guardian

とも書いているので、要は狙い過ぎ、やり過ぎ、頑張り過ぎ、で鼻につくということだろう。

「Pitchfork」の酷評に耳を傾ける価値はあるのか?

さて、問題は2.0点をつけた「Pitchfork」である。正直に言って、読み物としては「Pitchfork」のレビューが一番面白い

いま爆発的な人気を博しているバンドを酷評するのだから、きっちりと理論武装しているし、文章にも気合いが込められている。ぜひ英語が読める人は全文を読んでもらいたい。

以下にレビューの総論的な箇所を引用しよう。ここまで書くのだから、「Pitchfork」はアルバムを全否定していると言っていい。

『Rush!』は、考え得る限りすべてのレベルにおいて本当にひどいものだ:ヴォーカルは耳障りで、歌詞は想像力に欠け、サウンドは一面的。これは、大音量で聴けば聴くほど、ひどく聴こえるようなロック・アルバムなのである。

出典:Pitchfork

この段落のあとに、「Pitchfork」は具体的な音楽性や歌詞についてボロクソに書いている。

いちいちすべて取り上げないが、おそらくレビューの一番の肝は「Cool Kids」に言及した箇所。「Pitchfork」が問題にしているのは以下の歌詞だ。

But cool kids, they do not like rock
でも、クール・キッズはロックが好きじゃない

They only listen to trap and pop (Justin Bieber)
あいつらはトラップとポップ(ジャスティン・ビーバー)しか聴かない

And everybody knows that rock and roll is shit
あなた方の言うとおり、ロックンロールなんてクソだよ

But I don't give a fuck about being a cool kid
だけど、俺はクール・キッズになんてなりたかない

出典:マネスキン「Cook Kids」

「Pitchfork」の主張はこうだ。

この「Cool Kids」の一節からは、ポップとラップ全盛の現代において、ロック・バンドであるマネスキンが自分たちを「オルタナティヴ」な存在として位置付けていることが見て取れる。

しかし、すべての音楽が完全に並列化したストリーミング・サービス以降の世界では、「メインストリーム vs オルタナティヴ」という発想自体が無効化されている

だから、自分たちの存在を正当化するためにこのようなスタンスを取ること自体がフェイクなのではないか、と。

筆者としては、「Pitchfork」の批判には一定の有効性があると感じている。

マネスキンはリゾを現代のロックスターだと称賛したり、ライブでブリトニー・スピアーズの「Womanizer」をカバーしたりと、決してアンチ・ポップ主義ではない。むしろZ世代らしい現代的な感性の持ち主である。

にもかかわらず、ロック・バンドである自分たちの対立項に「トラップとポップ(ジャスティン・ビーバー)」を置き、自分たちのファンダムの対立項に「クール・キッズ」に置いてしまっている。

バンド本来の資質や嗜好とは乖離した設定を持ち出してきたのは、戦略ミスだと指摘されても仕方ないだろう。

☝閑話休題。こちらは、2000年代中盤にデビューしたイギリスのインディ・ロック・バンド、フランツ・フェルディナンドのセカンド・アルバム『You Could Have It So Much Better』のアートワーク。「Cool Kids」のリリック・ビデオのビジュアルは、初期フランツを参照している(フランツの元ネタは20世紀初頭のロシア構成主義)。「Cool Kids」は音楽的にもフランツが得意としていたポストパンク・リバイバル風。アルバム収録曲の「Mark Champman」はもっとあからさまにフランツっぽい。

批判を通して『Rush!』をより多角的に知る

駆け足となったが、以上が欧米のメディアの『Rush!』に対する批判の概要である。

筆者としては、どれもそれなりに耳を傾ける価値があると感じた。少なくとも、こうした多様な意見が並ぶのは、どのアーティストのどんな作品に対しても絶賛レビューしか並ばない日本のメディア状況よりは健康的だろう。

筆者を含むリスナーたちが『Rush!』の理解を深めるには、こうした様々なレビューに触れることはひとつの手助けになるはずだ。興味が湧いた方は、ぜひそれぞれの原文にも当たってほしい。

『Rush!』は「現代のスタジアム・ロック」を生み出す挑戦

こんな記事を書いていると、「中立を気取って他人の意見ばかり紹介しているが、お前はどう思ってるんだ?」と言われそうだ。

なので最後に、筆者の『Rush!』に対するスタンスを明確にしておこう。

是か非かで言えば、完全に是。欧米のメディアに倣って星取りをすると、5つ星満点中で4つ星。「Pitchfork」風に点数をつければ7.8点だ。

手放しの絶賛とまでいかないのは、やはり曲数の多さ、全体の尺の長さ、曲順に必然性が感じられないから。

また、海外のトップ・レベルの作詞家と較べると(テイラー・スウィフトやケンドリック・ラマーやシザなど)、歌詞に特段目を引くところがないのもマイナス・ポイントだった。

しかし歌詞が物足りなく感じるのは、マネスキンにはテイラーやケンドリックと張り合うような存在であってほしい、という期待の裏返しでもある。

だが、こうしたマイナス点を踏まえても、やはり筆者は『Rush!』を是としたい

なぜかと言うと、このアルバムが同時代のロック・バンドではほぼ唯一、メガ・ポップスターたちに対抗し得る「現代のスタジアム・ロック」サウンドを生み出すことに挑戦しているからだ。

マックス・マーティン一派の起用で、アルバムのプロダクションはこれまでと明らかに変わった。

各楽器の音の分離が良くなり、それぞれの音色もハイファイかつ艶やかになっている。『Rush!』には、現代的なポップ・プロダクションがさり気なく導入されているのが聴き取れるはずだ。

ともすれば、この方向性は生バンドのダイナミズムを損ねかねない。だが、このアルバムではロック・バンドとしての荒々しさを保ったまま、楽曲をスケールアップさせることに成功している。

また、「The Loneliest」や「Timezone」といったバラードは、デスモンド・チャイルドがペンを取ったボン・ジョヴィやエアロスミスなどの80年代スタジアム・ロックのバラードを彷彿とさせるだろう。

このような点からも、『Rush!』におけるバンドの意図――「現代のスタジアム・ロック」を生み出すこと――が汲み取れるはずだ。

冒頭で書いたように、2010年代にロックの求心力は地の底まで失墜した。では、そんな逆風しか吹いていない状況下で、ロック・バンドが這い上がるにはどうすればいいのか?

そう考えてマネスキンが最初に取った戦略は、普通のロック・バンドなら毛嫌いする『Xファクター』やユーロビジョンにあえて出場し、世間の注目を集めることだった。

そして、彼らが次の段階として『Rush!』で取った戦略が、自らのサウンドを「現代のスタジアム・ロック」化させることだったのである。

「現代のスタジアム・ロック」化――それは別の言い方をすれば、2023年のコーチェラにバッド・バニーやブラックピンクと並んで出演したとしても、なんら見劣りしない現代性とスケール感を兼ね備えたサウンドに自らを改造することだ。

それは、「21世紀最大のロック・センセーション」と呼べるほど凄まじい脚光を浴びている今、マネスキンが目指す次なるゴールとして極めて合理的なものだろう。


*マネスキンの公式SNSがシェアした『Rush!』のチャート・アクション画像において、日本は「総合チャート8位」ではなく「洋楽チャート1位」であることが取り上げられているのはご愛敬。日本をチャート一覧の上から3番目に入れてくれたのは地味に嬉しい。

*「アルバムに対する批判を紹介する」という記事の趣旨から外れるのであえて紹介しませんでしたが、「Pitchfork」以外のメディアのレビューは「いいところもあれば悪いところもある」的な書き方で、ちゃんと褒めたりフォローしたりもしています。けど、どのメディアの評者も、根本的にマネスキンに興味がなさそうな感じが伝わってくるのが面白いです。「NME」に至っては、ちょっと悪いことを書いたら、次の段落からフォローに必死。最近の「NME」はファンダムの目を気にして穏便になっていますが(SNS時代の呪い)、流石にちょっと気にし過ぎではないでしょうか。

*大昔は辛口批評で知られていた「NME」。でもほんと、最近は点数付けが甘い。2022年のレビューは星5つが41枚、星4つが269枚、星3つが73枚、星2つが2枚、もちろん星1つは0枚。これってもう星取りの意味が・・・。

*『Rush!』以外に「Pitchfork」が2.0点をつけたアルバムには、マムフォード&サンズ『Wilder Mind』、リチャード・アシュクロフト『Keys to the World』、ハー・マー・スーパー・スター『You Can Feel Me』などがあります。くうぅ・・・。

*本文中では偉そうに「英語のレビューを原文で読め」と書いていますが、筆者は高校卒業レベルの英語力で、一生懸命に英語の文章を読んでいるだけです。もし誤訳や誤読している箇所があったら教えてください。助かります。「The Guardian」で書いてるようなインテリや(評者のアレクシス・ペトリディスはケンブリッジ大学卒業)、「Pitchfork」で書いてるようなインテリ気取り(偏見、きっと本物のインテリです)の文章は、小難しいので読むのが大変なんです。

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