「決める」と「委ねる」
2020年浦和レッズが目指したもの
「ゲームモデル」という言葉が浸透しつつある日本サッカー界の中で、2020シーズンから浦和レッズも「三年計画」の中でプレーコンセプトを設定し、それに沿ったチーム作りを目指しました。
三年計画の初年度は2019年途中から指揮を執ってきた大槻監督に託されたわけですが、そこで2020シーズンに向けて課されたのは
・チームコンセプトに沿ったベース作り
・ACL圏内(3位以内)かつ得失点差+10
というものでした。
後者については前年に残留争いの渦中にいただけでなく、大きな選手編成の刷新もない中であまりにも酷な要求でしたが、前者については大槻監督のサッカー観というかチームの成長に対する考え方にはマッチしたものであったと思います。
2020シーズンにおいて大槻監督が頻繁に口にしてきたキーワードは
「主体性」
「役割や優先順位」
の2つでした。これらは、選手に対してチームを構成する一要素として個々人やポジションごとに与えられた役割をいかにこなすか、そしてその役割をこなす中で自分の長所をどのように発揮していくのかということを求めるものです。
これは、2018年の暫定監督の時や2019年の途中就任の時のように、選手が好むものや選手の中から出てくるものを尊重してきたようなアプローチとは異なり、チームが定めたプレーコンセプト(役割や優先順位)が最上位にあり、それを選手自身が理解し、自分の能力と照らし合わせて考える(主体性)という、それまでとは逆方向のアプローチでした。
ただ、クラブや指導者が「こういうやり方で行くぞ」と言っても、実際にプレーするのは選手であり、そのような経験や習慣が無かった選手にとっては、このようなアプローチの仕方の転換に対応することが容易でなかったのは想像に難くありません。
ここ数年の流れを大まかに振り返ると、2012年~2017年7月までのミシャ体制では攻撃時のポジションルールが明確に決めることで、こういう時はこうするといったプレーの自動化によって狭い局面でのフリックやスルーによって相手を崩していくことが出来ました。
就任当初は選手に判断の迷いが出てくることはあったものの、継続して取り組むことで無意識レベルまで落とし込むことが出来、それによって2016年にはクラブの最多勝ち点記録を樹立しています。
しかし、相手を観ながら幅広く対応していくのではなく、特定の方向性をどんどん尖らせていったミシャ体制は次第に相手からの対策を打ち破れなくなり終焉を迎えます。
そして、後任の堀孝史監督はそれまでミシャ体制で奨励されてきたフリックプレーや流動的なポジションチェンジをリスクがあるとして制限し、ACL優勝という成果は上げたものの、固定化された動きの中でJリーグを勝ち抜くことは出来ず、2018年に開幕からわずか5試合で解任。
暫定監督として大槻さんを挟んだ後にオリヴェイラ監督が就任すると、今度は逆に選手への制限をかなり緩め、オリヴェイラ監督自身はあまり取り組んだことのない3バックを採用したことにも象徴されるように、プレーの判断を選手に委ねることで選手自身が持つアイディアを活かすことを目論見ます。それによって、天皇杯優勝というタイトルこそ獲得したものの、2019年は武藤や青木といった主力選手の故障もあってチームの中で最適なバランスを見つけることが出来ず、5月に解任となっています。
プレー内容を限定される割合の高かった堀体制でも、プレー内容を委ねられる割合の多かったオリヴェイラ体制や2019年での大槻体制でも、ミシャ体制の中で無意識化されていたプレーの残像と少し理不尽な個人の能力によって勝った試合があったことは事実です。しかし、ミシャ体制の残像は当然時間とともに薄くなり、さらに、新しい選手の加入によってミシャのトレーニングによって無意識化されたものが通じ合う人とそうでない人にチームが二分化され、試合の中でのお互いが頭の中に描いた絵が揃わずにプレースピードの低下が顕著になっていきました。
そこで、2019年12月に掲げた三年計画では、このように選手によってばらけている状況認知と判断に対してクラブとしてプレーコンセプトを定めることで、どの時期から所属した選手であっても、同じ方向性の中で状況認知と判断を出来るようにすることを目指していたと考えます。さらに言えば、監督の選定もクラブのコンセプトに沿って行うことで、監督が変わっても、選手が変わっても、浦和レッズはこういう考え方の下でプレーしていくんだということを目指したわけです。
とは言え、今いる選手のほとんどが、指導者がはっきりとプレーを決めている状態(ミシャ体制、堀体制)か、指導者がほとんどを選手に委ねている状態(オリヴェイラ体制、大槻暫定体制)でしかプレーしておらず、プレーモデルという大きな枠組みからコンセプト化されたプレー原則の中で、選手自身が考え判断するという習慣の中ではプレーしてきていません。
そのため、まず初年度の2020シーズンはそれまで選手個々人が持っている経験や知識、能力よりも、まずはクラブが掲げたコンセプトをそれぞれの選手なりに表現していくという習慣をつけていくための時間という位置づけだったのではないかと思います。(ようやく話が戻りました)
「決める」と「委ねる」の功罪
さて、チームを作っていく上では、選手が行うアクションを指導者が「決める」か選手に「委ねる」かの2つの方法があります。
「決める」というのは言葉のままで、「お前はここに立って、あそこへ走ってボールを受けろ」「あいつがあの相手選手に対してプレッシングするから、お前はこっちだ」といったように具体的に選手が行うアクションを指導者が事前に決めておくというものです。
実際にプレーする選手としては、選択肢が少ないほど判断する手間が省けるのでプレースピードは速くなります。「決める」ことのメリットはここにあり、「こういう時は必ずこれ」と決めてしまうということは、事前に選手の判断を済ませてしまっているということになるので、選手は迷う余地がありませんし、選手がそのアクションを取れるようになるための時間は短くなります。
しかし、そのアクションに相手が慣れたり対応されたりしてしまうと、プレーが流れている間に対応することが難しく、同じパターンで一気に相手にやられてしまう可能性があります。
近年、欧州でも特定の時間帯に一気にスコアが動くことが増えたように思いますが、それはピッチを俯瞰してみることが出来る分析官からリアルタイムでベンチに相手の戦術アクションの情報が入れられるようになり、分析官の指摘が的確かつ事前に選手に相手のアクションに応じた対策を用意しておくことが出来ていれば、その対策を発動させて一気に相手のロジックを叩くことが可能になったことも一因だと思います。相手が自分たちに対して手を打ってきたときに、選手のアクションを決めてしまっていて、相手の変化をかわす用意をしていなければ、同じやられ方でひたすら殴られ続けてしまうわけです。
また、もう少し長い目で見ると、「決める」ことによって選手が考えるというプロセスを省いてしまうため、選手自身が考える習慣がなくなってしまう危険性もあります。岡田武史氏がかつてコンサドーレ札幌や横浜Fマリノスを率いていた時に結果を出しつつも感じていたジレンマはここでした。
(北海道)コンサドーレ(札幌)の監督時代(1999〜2001年)の終わりくらいかな。で、そのあと、マリノスの監督になった。サッカーって、確率論で考えれば結果は出せるんだよ。例えば、中央から攻めると、相手も守備を固めているからミスが増え、カウンターを受ける確率が高くなる。だから、中央ではなくサイドから攻めろと。選手が中央から攻めようとしたら、ベンチから「外に出せ!」と叫ぶわけ。選手は「うるさいな」と思っているだろうけど、外に出す。すると、勝てるんだよ。
でも、そのうち選手たちは中央が空いていても、サイドにパスを出すようになるんだよね。それで、自分は本当に選手を育てているのか、どうすれば自立した選手を育てられるのかを考えるようになった。
スポナビ記事より抜粋
もう1つの「委ねる」というのは、指導者が選手のアクションを1つ決めてしまうのではなく、選手自身に選択を委ねるということです。
そして、委ね方というのは、(1)複数のパターンを提供して選手に選択させる、(2)具体的なアクションではなく原則や優先順位といった抽象度の高い情報を提供して選手に具体的なアクションを考えさせる、(3)指導者は何もせず選手に丸投げする、の3つの方法があります。
(1)から(3)へいくに従って選手に「委ねる」割合は大きくなり、その分相手の出方に対しての応用がききやすく、そもそも相手からすれば色々な選択肢の中でどれを対策すればよいのか絞ることが難しくなりますし、委ねられた状況を使いこなせるようになるということはそれだけ選手自身の状況認知と判断の能力が成長しているということになります。
しかし、「委ねる」割合が大きくなるほど、選手の知識や経験、能力に依存していくことになりますし、ピッチ上の11人がその状況の中で同じ絵を頭に描くことは難しく、選手たちの状況認知と判断を揃えるためには時間がかかります。
おそらく、(3)は選手の中に絶対的な司令塔の存在か、完全に自立した11人がピッチに立つかのどちらか出ない限りは勝ち続けることはかなり難しいと思います。日本サッカーでも、これまで遠藤保仁のようなチームの中に絶対的な選手が存在し、その選手のタクト捌きによって周りの選手の動きが円滑に回ることもあれば、逆にその選手が不調であったり、不在の時にはチーム全体のパフォーマンスがガクッと下がるといった現象はいたるところで目にしてきたと思います。
また、完全に自立した11人が揃っていた状態というのはCLを3連覇した時のレアル・マドリーくらいのもので、そのレベルの選手を揃えることが出来るクラブは世界の中でのほんの数クラブしかありませんし、そもそも自立した選手が育たない限りは揃えようがありません。
浦和であれば2006年のような強力な個の能力を持ったブラジル出身選手とオフトによって鍛えられて自立した日本代表クラスの選手でスカッドを構成した時期や、2016年のような柏木陽介が正しく太陽として浦和の中心に君臨し、彼の視野とキック精度によってチームが活性化された時期がありました。
しかし、前者は選手の年齢が上がっていく中で次にそのピースを担える選手をあてがうことが出来ずに次第に成績は低下していき、後者も柏木のコンディションが下がったことで2018年、2019年にチームの成績が悪くなっていきました。これは、(3)の丸投げとまではいかないまでも、選手に委ねる割合が極めて高かったことも要因として挙げられると思います。
「決める」も「委ねる」もどちらもメリットとデメリットがあり、所属している選手の特徴によって「決める」~「委ねる」の適切な割合は違うので、これをその時のチームごとに調整することが指導者には求められていると個人的には思っています。
2020年の浦和はどうだった?
浦和に所属している選手は、
・かなり尖った方法が刷り込まれたミシャ期からいる選手
・堀期に獲得した固定的な配置で力を発揮する選手
・オリヴェイラ期に獲得した個人の能力にフォーカスされた選手
・三年計画のコンセプトに則って獲得した選手
から構成されており、各選手の状況認知と判断の仕方はバラバラの状態でした。その中で大槻監督は時期ごとに少し変化を入れながらも「決める」部分と「委ねる」部分の調節をしていきました。
ただ、大槻監督はシーズン中の定例会見の中でも何度か大槻監督自身が言及していた通り、「決める」よりも「委ねる」ことの割合の方が大きかったと思います。
(今の話と重なる部分もあると思うが、選手たちは大槻監督が実現しようとしているサッカーを愚直にやっていると思う。それと共に結果が出たり出なかったりするが、たとえばハンス オフト監督の時代に追い越し禁止などいろいろなルールがある中で、そこを1つブレイクして強くなった瞬間があったと思う。ルールに基づいた中で良い意味でのはみ出しがあると強くなるのではないかと思っているが、大槻監督はどう考えているか?)
「言葉として、『ルール』という言葉が当てはまるかどうかで言うと、『ルール』という言葉は当てはまらないと思います。共有するもの、そのワードややるべき姿というものはありますが、ルールがあるからそれを守るとか破るということはないと思います。言葉なので僕が違った言い方をして違った伝わり方をすると良くないので、『ルール』という言葉は当てはまらないのかなということです」
特にビルドアップについては、シーズンを通してあまり「決める」ことはしなかったのではないかと思います。開幕節の湘南戦は2トップに対して、CB(岩波、鈴木)に加えて、CH(柴戸、柏木)と左SBの山中のいずれかが最終ラインに入って3vs2を作ろうとしました。山中が最終ラインに残るときにはそのまま右側にスライドする形でしたが、CHが下りるときもCBの間に下りたり、CBの脇に下りたりと下りる場所が決まっていたわけではありませんでした。つまり、「3vs2」を作るという原則は提供するものの、誰がどこにというパターンは作らず選手に「委ねる」というスタンスでした。
また、攻撃時のSHとSBのポジショニングについては「同じレーンで重ならないようにする」というのがシーズンを通して見られた原則でした。開幕節は、右サイドについてはSBの橋岡が外、SHの関根が内にほぼ固定されており、左サイドは状況によってSBの山中とSHの汰木は内と外を入れ替えていました。この部分は足元の技術のある山中のいる左サイドはビルドアップに組み込めるので相手のプレッシングに応じて内レーン、外レーンと流動的になる必要があるため選手に判断を委ね、少し不安のある橋岡はリスクを避けることや縦方向への動きの強みを活かすためにビルドアップに加えないようにするために外レーンに決めたと考えられます。
この左サイドは「委ねる」、右サイドは「決める」という形は右SBに橋岡が継続して起用されてきたこともあり、11節(AWAY)ガンバ大阪戦のあたりまで続きます。そのため、右SHは内レーンでもプレーが出来る関根や、CHタイプ(長澤、柏木)やST(ファブリシオ、武富)タイプ、左SHは純粋なサイドプレーヤー(汰木、関根)が起用され、ビルドアップの形も開幕節と同様にCBの2人に加えてCHや左SBが加わるという形が続きました。
この期間は右サイドについてはSBとSHの立つべき場所が決められているので、ポジションを取るのが遅れたり、場所がずれていたりすることはあまりなかったと思いますが、左サイドの特に山中についてはビルドアップに加わるときに内側に入りすぎてしまってチーム全体で幅を使いにくくなってしまったり、CHもビルドアップに入ろうとしてしまって左SHとの距離が遠くなることで外に張るSHが孤立してしまったり、逆にボールを触りに寄ってきてしまうことがありました。
特に0-4で敗れた6節(HOME)柏戦では顕著に出ており、4失点目はビルドアップでのポジションバランスが悪かったところでボールを奪われカウンターから失点しています。このように委ねた部分で選手が上手くアクションを起こせない、アクションが遅くなってしまうといった状況が起きていました。
そして、12節(HOME)神戸戦、13節(HOME)大分戦では、相手が4-1-4-1、5-4-1と1トップだったことも相まって両SBを外レーンに開かせ、両SHを相手のボランチ脇に固定するようになります。相手の陣形による部分もあったと思いますが、ビルドアップで左SBの山中を内レーンに入れることによって生じた不具合を解消するために、SBとSHのスタートポジションを「決める」運用がここから続きます。
ビルドアップは2CBと2CHで相手の1stDFに対して数的有利を作ることになり、実行できるバリエーション(選択肢)が減ったことによって、スタートポジションを取るまでのスピードは上がりました。
一方で相手からしても浦和がとってくるビルドアップの傾向は見えやすく、特に浦和には左足でボールを出せる選手がCB、CHにおらず、プレッシングの基準点を定めやすくなったため、スタートポジションを先に取れてもその配置の優位性を活かせないシーンも多かったです。
その結果、札幌戦や川崎戦ではロングボールを多用したことによって組織が間延びし、オープンな展開になったりスペースを相手に使われたりしました。
ある程度「委ねる」割合を持たせた中でなかなか内容が上がらず、そこから「決める」割合を強めてもなかなか内容が上がらず、そんななかで現れたのが19節(HOME)横浜FC戦の後半から29節(HOME)FC東京戦(※ACLによるリスケで9/30に開催)でのボランチ柏木への全権委任でした。
ミシャ期を過ごした選手とそうでない選手との断絶がはっきりと出てしまった試合になりましたが、ボールを持つことが好きなのにボールをなかなか持てなかった選手たちにとっては、チームが目指してきた方向性に沿っているかは別として、柏木への全権委任によってボール保持の時間が増え、成功体験のある展開の再現となったあの時間は、少なからず自信を取り戻す機会になったのかもしれません。
そして、結果的にはホーム4連敗となってしまった20節の名古屋戦では結果こそ0-1で敗れたものの、SHにマルティノスと関根という純粋なサイドアタッカーを起用し、SBとSHの縦関係は両サイドとも内レーン、外レーンの動きを選手に委ねたことでピッチ中央で長澤とエヴェルトンが前向きにボールを持つ場面を増やすことが出来ました。
ここから21節(AWAY)鳥栖戦で勝利、22節(AWAY)柏戦の引き分けと「委ねる」割合を増やした中で内容を上げて行き、23節(HOME)仙台戦の6-0、24節(HOME)セレッソ戦の3-1と2020シーズンのハイライトともいえる時期を迎えました。これは橋岡のボールを受けるためのサポートの仕方の向上があったと思います。相手選手のポジショニングを見てバックステップを踏んで相手から離れてからボールを受けたり、横パスを相手のプレッシングの矢印から外れた位置まで動いてからボールを受けることが増えました。
しかし、これは横浜FC戦から柏戦の後半を除いて相手の守備が4-4-2をベースとしており、連戦の中でそこへの対応の仕方を固定したメンバーで感覚的につかんだにすぎず、25節(AWAY)大分戦と26節(AWAY)広島戦と相手の守備陣形が5-4-1になると効果的な攻撃を見せることは出来ず、そればかりか27節(AWAY)横浜FM戦ではシーズン2度目となる2-6の大敗。
一度成功体験を作ったSBとSHの動き方を両サイドとも選手に委ねたこのスタンスを33節(AWAY)川崎戦まで続けましたが、10月の快進撃の再来にはならず、結局は委ねられた選手がプレー判断に迷う回数が増え、プレースピードが落ち、攻守両面で後手に回る場面が増えてしまいました。
守備でのアクションはどうだったのかというと、4-4-2の泣き所である外レーンからの侵入に対してはシーズン当初はSBが出て行って、それによって空くハーフスペースはボランチが斜めに下りていくように決まっていました。序盤は柴戸が多く起用されていたこともあり、彼が広範囲にカバーリングできる機動力を活かせる運用でした。
ただ、前線からのプレッシングが表現されるシーンは少なく、2トップはあくまでも中央を使わせないために構えて、相手のボールの動きが外回りになったところでSHが出て行くというアクションが多かったです。プレッシングのスイッチはSHということで、6節(HOME)柏戦の2点目のように関根が1人だけ先にアクションを起こしてしまって周りがついて行けない状況で失点した場面もありました。ただ、自分たちから前に出て行くアクションが決して多いわけではないので、ブロックを作ったところから失点することはほとんどなく、失点のほとんどがビルドアップでのミスからのカウンターによるものでした。
しかし、9節(AWAY)名古屋戦では守備のスタンスはそれまでと変えなかったものの、名古屋の前線4人の流動性や金崎のポスト能力で局面を打開され前半だけで5失点を喫してしまいます。
この大敗を踏まえた10節(HOME)広島戦では、前節のショックを払しょくするためにアクションをかなり限定しSBを含めたDFはボックス付近に残してSHがサイドの深い場所まで下がらせることで、体力的な疲労はかなり大きかったと思いますが、選手の判断は極力省いたことで頭の方に割り振る体力もいくらか足に持っていくことが出来たのではないかというくらいの内容でした。
次の11節(AWAY)ガンバ大阪戦ではレオナルドを中心に前からのプレッシングが増えました。これについては、この週の定例会見でも触れられています。
(前からはめ込んでいくことと4-4-2でブロックを引く守備の判断やコンパクトさもよかったと思うが、どんなところその要因があったのか?)
「一つ一つの判断がよくなってきているということもあります。前線は『スイッチを入れろ』ということは言っていますし、まず前線が行くということは話しています。行かないという判断はせずにとにかく行くということです。行けないときにどうするかというのは共有しましょうという話はしているので、そういうところがもっともっとよくなればいいなと思いながら見ています」
「まずは行く」とアクションを決めてあげたことによって、それを基準にして周りの選手が判断することが出来ますし、ガンバ大阪戦はそれによって高い位置でボールを奪って得点するところまでいけました。
コロナによる中断がなければ、体力的にも気候的にも余裕のある春先で「まずは行く」という「決める」割合が大きい状態でスタートして、徐々に「ここは行こう」「ここはやめよう」という判断を選手に「委ねる」割合を増やしたかったのだと思います。
しかし、暑熱化でリーグ戦が再開し、過密日程の中で故障者が出てくる中で強いアクションを連続して行うことが難しくなってしまい、その結果がシーズン終盤になって顕著になっていった4-4-2で構えた時に前方向へのアクションを自分たちからはほとんど起こせない状態だったのだと思います。
マンマークを採用しない守備でのボールを奪うためのアクションには、ボールが次に出て行く場所への予測が不可欠で、その予測はボール保持者へのプレッシングがないと出来ません。オープンな状態でボールを持たれている時には、先にアクションを起こしてしまうと、そのアクションによって空いた場所を使われてしまいます。しかし、なかなかその初手の部分でボール保持者へのプレッシングのアクションを「決める」ことが出来ず、結果的には後ろで構えるだけになってしまいました。
2020シーズンは選手の成長ということを考えれば「委ねる」割合を大きくしたことは間違っていないかもしれませんが、攻守ともに終盤になってもそれを活かせるシーンは少なく、むしろ委ねたことによってプレースピードが遅くなってしまいました。
試合をする中では「勝ちながら成長する」というのが理想であって、「負けながらも成長する」ためには「内容には手ごたえがあったが結果としては負けた」というものでない限り、試合をやればやるほど選手たちは自信を失っていきます。そのため一定の結果を出していくことは必要です。
選手に委ねた状況でなかなか内容が伴わない状況で、もう少し結果を出すことにフォーカスするのであれば、具体的なアクションを「決める」割合を増やして選手が迷わずにプレーできるようにしても良かったのかもしれません。最優先はあくまでも選手がその場面で必要なアクションを表現しやすくしてあげることであり、この超過密日程でトレーニングを十分に行う時間が取れない状況であれば、最低限やってほしいことはより明確にする必要があったのではないかと思います。
12/21にクラブが掲出したシーズン総括では「チームとしての『型』の不在」「苦しい展開の際に、立ち返るべき『型』がなかったこと」が課題として残ったとしています。
残念ながら、大槻さんが求めてきた、自分自身で考えアクションを起こす「主体性」を上手く表現できる選手は少なく、必要なアクションに気づいたり、それを表現できたりするようになるまでには時間がかかってしまったことが「型がなかった」状態になってしまったことの要因だったと思います。
大槻監督がユースを指導していた時の映像を見た限りは選手のポジショニングははっきりと「決める」割合が高かったですが、トップチームでは選手が大人であり、日本代表経験もある選手も多いということから、そのあたりへの尊重や配慮があったのかもしれません。
新監督に求めること
12/22にそれまで4年間徳島を率いたリカルド・ロドリゲスが新監督に就任することが発表されました。11/25に大槻監督退任の情報が出るのに合わせて、新監督候補としてリカルド・ロドリゲスの名前が挙がっていましたので、時間が許す範囲で徳島の試合を数試合観てみました。
スペイン人らしくボールを前進させる、ゴールを奪う、これらから逆算された(ボールを持つことが目的ではない)ビルドアップを志向しており、相手が前からプレッシングに来た時には裏のスペースへ大きいボールを出して使うシーンもありました。また、ジュビロ戦では相手がボールを持つときの構造が整備されていない(遠藤保仁へほとんどが委ねられている状況)ため、徳島はボールを持つことに拘らず、コンパクトな4-4-2の陣形で1列前の選手の脇のスペースには後ろから縦スライドしていくことでボール奪取~ポジトラ~攻撃の移行をスムーズに行っていました。
なので、戸苅本部長の「2020年に掲げた『即時奪回』『最短距離でゴールを目指す』サッカーに、常に『主導権』を持ち、より『攻撃的』で、ハイブリッドなサッカースタイル(カウンタースタイルとポゼッションスタイル)を実現することを目的に、リカルド ロドリゲス監督を招聘することにしました。」という言葉は決して間違っていないと思います。
そして、徳島の特にビルドアップの局面を見て思ったのは、選手のスタートポジションが決められている割合が高いことです。
30節(AWAY)群馬戦では、4-4-2でコンパクトかつしっかり前向きな守備アクションを行ってくる群馬に対して、前半は2CB+2CHでビルドアップを行い、SBは外側に開いた状態でした。徳島の初期配置は4-2-3-1のような形で、群馬とすれば見るべき相手が明確だったため、前半徳島はビルドアップでかなり苦戦した上に0-2で折り返します。後半に入ると左SBのジエゴを最終ラインに残し、明確に3枚でビルドアップを行うことで、群馬のプレッシングを止めることに成功し、早い時間帯で2-2に追いつき、終了間際の勝ち越し弾で3-2の逆転勝利を収めています。
また、昇格がかかった40節(HOME)千葉戦では、千葉がハーフラインから前に出てくることがほとんどないくらいに徹底して4-4-2のブロックを敷き、徳島の前進を阻止しに行きました。ここでも徳島はSBを外側に開かせて、CHをCB周辺に下ろしつつ2トップの脇から前進を図り、左SHの西谷を内側の中間ポジションに入れてプレーさせますが、外は使われてもOKでがっちり中を固めていた千葉に対してはなかなか効果的なボールが入りませんでした。
後半に入ると左SBの田向を最終ラインに入れて3vs2の状況をわかりやすく作り、2トップの脇のスペースを田向や右CBの福岡が運んでボールを進めるシーンが出てきました。しかし、昇格がかかった試合ということもあって少しボール前進を急がせすぎたため、千葉のブロックを構成する選手一人一人はなかなか動かせずにスコアレスドロー。
このようにリカルド監督はボール保持に関してはスタートポジションを「決める」傾向にあります。そうした点から考えても、大槻体制が選手に委ねたことによってチームとして表現できなかった「型」のようなものは、リカルド監督になって「決める」割合が増えれば表現しやすくなる可能性が高いと思います。
徳島のキャプテンを務めてきた岩尾も参加している「ZISO」というグループのyoutube配信でジュビロの山田大記との対談において、「最初の2年間はチャーハンしか食わしてもらえなかった」(戦術的なバリエーションを料理の献立に例える流れから)とリカルド監督の取り組みを評しています。同じパターンやアクションを出来るようになるまで何度も何度もやらせてきたのではないかというのが伺えます。
もちろん、その時の徳島の選手たちに対してリカルド監督が行ってきたアプローチなので、2021年に浦和の選手に対して同じアプローチをするとは限りません。ただ、リカルドが日本でプロの選手に対してそうしたチーム作りをしてきたのは、大槻監督がユースの選手に対しては「決める」割合が多かったのに、トップの選手に対しては「委ねる」割合が多くなったというのとは違って、浦和の選手に対しても「決める」割合が大槻体制よりも上がるのではないかと予想されます。
2021年に向けて
チームは「個」「姿勢」「チーム」というすべての面で緩やかな成長カーブを描きました。しかし、今季の成長カーブでは、2022年の優勝に到達できないという判断をしました。
来シーズンは、3年計画の2年目として、上述の課題解決や目的に即した監督を招聘したいと考えています。
ということをクラブはシーズン総括で書いています。成長速度を上げるために必要なことが「型を作ること」であり、そのためにコンセプトに沿いつつ大槻監督よりも「決める」割合を高めることが出来る指導者としてのリカルド・ロドリゲス招聘は筋が通っているのではないでしょうか。
必ずしもこれが2021年、2022年に結果として現れるとは限りませんし、もしかしたら間違った選択かもしれません。ただ、現時点では自分たちで決めた方向性の中で出来得る最善の選択をしたと思います。だからこそ期待したいと思っています。
試合ごとの評価はその都度していくことになると思いますが、2020年を踏まえて2021年のシーズン後に監督を評価するときには
・「決める」と「委ねる」割合は適切だったのか
(選手の能力に合わせた割合に調節することが出来たのか)
・「決める」割合を増やしてチームの「型」が見えるようになったのか
の2点がポイントになるかなと思います。
(その中で選手が成長し、最終的に「委ねる」割合を増やしていっても対応できるようになれば最高ですが)
三年計画を掲げて1年経ったところで、その内容に照らし合わせて総括し、次のアクションを取ったことは評価すべきだと思います。それが結果につながることを期待して2021年の開幕を待ちましょう。
私も1年間アウトプットしながら試合を観てきて、分かっていないところが何かを知ることが出来たので、この冬の間に色々インプットして来季はもう少し中身のあるものをアウトプット出来るようになりたいと思います。
まだ、年内に何か書くかもしれませんが、とりあえず1年間ありがとうございました。
最後に
正直、私はサッカーのプレー経験も指導経験もないので、この「決める」「委ねる」については想像の範疇でしかありません。いくら外野の人間が知識を詰め込んでも、結局は実際に現場に立つ人がどう感じるのか、何が出来るのかがすべてです。そうしたリアルな声を知ることで、私もそこに沿った知識の吸収が出来るかもしれませんし、そうなりたいと思っています。
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