私も蕎麦屋で憧れを超える
おはようございます。
昨日、映画「憧れを超えた侍たち」の映画感想文を書きました。
鑑賞後、身が引き締まる思いがしたのも束の間、30分後には蕎麦屋に入って昼下がりから呑み始める。
人間には恒常性というのがあって、一時気合が入ってもすぐいつも通りに戻ってしまうのだよ。
黄ニラのお浸しや板わさなどをつまみにちびちびと呑む。
ちなみに黄ニラというのは名前の通り黄色いニラで、よくある緑のニラよりも香りもクセも少なく、多少の歯応えがあっておいしい。
こんなにシンプルにこんなに美味しい食べ方をするなんて日本人は天才ではないか。
WBCでも強かったし、日本人は最高だなと完全にいい気分になっている時にふと気づいた。
私は、今、憧れを超えている。
私は「蕎麦屋で呑む」ということに並々ならぬ憧れを抱いていたのだ。
それは昔、ある友人との会話がきっかけだった。
「大人はねぇ、蕎麦屋に行ってもなかなか蕎麦を食べないんだよ」
「へぇ?じゃあ何食べるの?」
「だし巻きとか。そういうの食べながらお酒飲んで、最後まで蕎麦は食べないの」
「へぇ」
お蕎麦屋さんって、お蕎麦食べるだけのところじゃないんだ。
大人はお蕎麦さんに入ってもそう簡単にお蕎麦を食べないんだ。
そんな思いはいつしか憧れに変わっていった。
しかし、お酒を呑める年齢になってもこれがなかなか実現しない。
誰かと呑みに行くときに蕎麦屋を選ぶことはあまりないし、昼から呑む習慣もあまりなかったのでランチに蕎麦屋に入っても蕎麦だけ食べて出てしまう。
いつしか淡い憧れはどこかに消えてしまっていた。
それがどうだ。
今、私がやっていること。
これこそが私が憧れたことではないか。
しかも当時、私は黄ニラも、板わさという食べものの存在すら知らなかった。
超えた。
私は蕎麦屋で憧れを超えた。
至福の午後である。
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