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夏の野のしげみに咲ける姫百合の知らえぬ恋はくるしきものそ 大伴坂上郎女

夏の野の繁みに咲く姫百合の花のように、
人知れず想う恋は苦しいものです。

万葉集

知ら「え」ぬ、
苦しきもの「そ」、

端々の言葉遣いに古風な趣を感じるものの、
それ以外は今の私たちが読んでも、なんら違和感なく内容がスッと頭に入ってくるような、ストレートな歌だ。
前半の姫百合の描写が序となり、おそらくは詠み人本人のものであろう、「知らえぬ恋」へと繋がる流れも、断絶をまったく感じさせない自然さで、二つのイメージが渾然一体となっている。

夏の野の「繁み」。

それは夏の盛りを意味し、繁栄や光を思わせる。
しかしその一方で、繁みは陰をも作り出す。

打ち明けられる感情と、
秘めたる思いが同居する、
それはまるで、人の心のようであった。

夏目漱石の、『こころ』を思い出す。

「こころ」の中の先生が、
抱えた秘密を最後まで誰にも打ち明けずに生きることができなかったように、
この歌の作者郎女もまた、自らの心を、詠まずにはいられなかったのだろうか。

心の、このようなあり方が昔も今も変わらないからこそ、
漱石も郎女も、
きっと読み継がれていくのだろう。

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