『キンキーブーツ』生きづらさを抱えて生きる①
2005年に公開された英国•米国合作のコメディ映画です。2013年にブロードウェイでミュージカル化され、トニー賞では、作品賞をはじめ6部門に輝いた名作です。
日本でも何度かミュージカルを上演していたのでご存知の方も多い作品でしょうか。
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父の急逝で、伝統ある靴工場プライス社の4代目を継いだチャーリー。だが工場は倒産寸前で八方塞がりの状態だった。ある日、出張先のロンドンの街でチャーリーはドラァグクイーンのローラと出会う。ローラの一言で、チャーリーはキンキーブーツ市場を開拓することを思い付き、工場の起死回生を図ろうとする……
この映画のテーマは二種類の「生きにくさ」を描いています。
ひとつは「ジェンダーロール(性役割)と生きにくさ」について、もうひとつは「跡取り息子の生きにくさ(事業承継問題と跡継ぎの苦悩)」です。
今回は「ジェンダーロール」について、次回は「事業承継問題」について、と2回に分けて取り上げていこうと思います。
舞台は靴の聖地、ノーサンプトン
この映画の舞台は、英国中部のノーサンプトンという都市です。
ロンドンから電車で約一時間、北西に100㎞程離れた街。多くのイギリス産紳士靴の生産工場が集積する聖地ノーサンプトン。
ノーサンプトンにはジョンロブ 、エドワードグリーン、クロケットアンドジョーンズ、チャーチ、トリッカーズ、チーニーなど多くの工場があり、生産過程で出たB級品をファクトリーストアでアウトレット価格として購入することもできる。
英国に限らずどの国でもその傾向があるとは思いますが、都市部よりも地方の方が保守的、封建的な気風が残っているものです。ロンドンよりはノーサンプトンの方が生きていくのは何かと制約があったり窮屈そうです。
ロンドンSOHOでは見かけることもあるドラァグクイーンも、ノーサンプトンではあからさまに奇異な目で見られてしまいます。(見慣れない、ということも大きいでしょうが)
どちらにしようか迷っている方
経営難で大量の在庫を抱えたチャーリーは、商用で訪れたロンドンで男たちに絡まれている女性を見かけて助けに入ります。その女性がドラァグクイーンのローラでした。
そのことがきっかけで、偶然ローラが出演するステージを舞台袖から見るチャーリー。
ショー前の口上では次のようなアナウンスがありました。
Ladies, gentlemen and those who have yet to make up your minds.
「紳士淑女の皆様、そしてどちらにしようか迷ってるお客様」
昨今、日本でも【LGBTQ】(以下LGBTと表記)に関する関心が高まってきています。世界には、LGBTに関する差別を法律で禁止する国が80カ国以上あるそうです。
G7でも、日本以外の全ての国には関連の法律があります。
法務省のLGBT関連のページのリンクです。
こちらはファッション雑誌VOGUE JAPANより。
LGBTQはLGBT、LGBTQ2S、LGBTQAなどと同様に性的少数者を総省する言葉の一つである。それぞれの頭文字はL: レズビアン(女性同性愛者)、G: ゲイ(男性同性愛者)、B: バイセクシャル(両性愛者)、T: トランスジェンダー(性自認、表現、行動が生まれ持った生物学上の性と典型的に関連するものと異なる人)、Q: クィア(自分のジェンダーや性的制限に自信を持っている人が主に用いる言葉であり、すべての人が用いているわけではないこと、そして挑発的に捉われる可能性があることに留意する必要がある)、もしくはクエスチョニング(自分の性的指向について探索している過程にあること)、2S: ツー・スピリット(特定の先住民が用いていた、男性と女性の両方の精神を宿す人を表す文化的アイデンティティのこと)、A: アライ(当事者ではないものの、彼らをサポートするストレートの人)、もしくはアセクシュアル(誰にも性的興味を持たない人)を表す。すべての性を一つの言葉で表すことができないことから、その多様性を表す言葉としてLGBTQ+やLGBTsの使用を推進する動きもある。
VOGUE JAPAN 2020年6月インターネット記事より
とても詳しい説明ですね。ちょうどVOGUEでは2020年6月にPride月間としてジェンダーやセクシュアリティに関する記事を多くあげていました。
劇中の「どちらにしようか迷っている方」は上の説明の「Q(自分の性的指向について探索している過程にあること)」に当たりますね。
LGBTとキャリアコンサルティング
今、日本には950万人の【LGBT】(セクシュアルマイノリティ)がいると言われています。
遡ること2019年5月には、企業にパワハラへの対策を法的にはじめて義務付けた、パワハラ関連法(労働施策総合推進法の改正案)が可決されました。この法律の国会付帯決議では、パワハラに関連して、性的指向や性自認を理由とした差別もなくすよう、企業に求めています。
近年ではLGBT当事者が立ち上げた、LGBT向けの就職支援事業会社や就職転職サイトもあります。LGBTフレンドリーな企業を増やしたい、LGBTが自分らしく働くことができ、誰もが生きやすい社会づくりの実現を理念に掲げて活動している会社もあります。
その一方で「LGBT理解増進法案」は、超党派の議員連盟で合意したものの、党内の反対意見に配慮した自民党が6月の通常国会への法案提出を見送り、頓挫してしまいました。最近話題の自民党総裁選の候補たちの間でも、意見が分かれているようです。
キャリアコンサルタントは職業柄、あらゆる立場の方の相談業務に携わる可能性があります。今や10数人に一人と言われるLGBT当事者の方とも様々な場でクライエントとして接する機会もあるはずです。もちろん、キャリアコンサルタントにもLGBT当事者の方がいることでしょう。
多くの当事者の方は、カミングアウトに慎重になります。正しい知識と対応の仕方について理解がなければ、LGBT当事者の方を傷つけてしまう可能性もあります。また、それぞれの方が抱えている問題もより複雑です。
セクシュアリティに起因するキャリア形成困難も現実に多くあることは想像に難くありません。しかし、なかなか声が上げづらいというのが現状ではないでしょうか。さまざまなクライエントと接する可能性のあるキャリアコンサルタントにとっても、今後さらに慎重かつ深く理解を深めていく問題のひとつだと思っています。
ローラの抱える生きにくさ
靴工場を父から継いだチャーリーは、ドラァグクイーンのローラを靴工場の専属デザイナーに迎え、本格的にブーツ作りに着手し、工場再建を目指そうとします。
しかし靴工場の従業員たちは、ドラァグクイーンの扮装(派手な女装姿)で工場に現れるローラを受け入れる事が出来ず当惑しています。
特に偏見の強い従業員ドンは、ローラをあからさまに侮辱したり無視したり……。周囲になじもうと、一旦は男性の格好をして工場に現れたローラですが、ドンから屈辱的な扱いを受けて傷つきトイレに籠ってしまいます。
そこで、ローラとチャーリーが初めて【対話】をするのですが、その話の詳細は生きづらさパート2として次回に書きますね。
ローラにしてみれば、女装ではない男性の姿で人前に出ることは鎧を脱いだ状態に等しいでしょうから、どんなにか心細かったことでしょう。自分らしさを無くした状態で、さらに心無い言葉を浴びせかけられたローラの心の内を想像すると胸が痛みます。
ローラに限らず、セクシュアリティは非常にパーソナルでデリケートな問題です。セクシャリティとはアイデンティティ、その人を形作る大切な要素のひとつです。
人々の多くは生きていく上で働く必要がありますが、LGBTの方々は働く場所を選ぶ時点で困難に直面することが多いと聞きます。就職後の職場、また転職においても同様です。
LGBTであることを隠して生活している方もいらっしゃることでしょう。
働くことは社会生活の基盤であり、自己実現の一端を担っています。社会生活の中でその人のセクシュアリティが否定されたり、また意に反して事実を隠さなければならない状況だったりというのは、どれほど当人にとって苦しくつらいことでしょうか。
LGBTがありたい姿、ありたい性で就職活動・転職活動をすることが当たり前にできる世の中。
すべてのLGBTが自分らしく働けること。
こうした支援も、これからのキャリアコンサルタントに求められることのひとつだと感じています。そして、誰にとっても安心してキャリアを相談できる相手として存在できたらいいなと心から思います。
ありのままの他人を受け入れて
ずっと犬猿の仲だったローラと工場の従業員ドンは、パブで開かれた腕相撲大会で対決することになります。
腕相撲大会の歴代チャンピオンのドンvs元ボクサーのローラ。
工場の仲間たちが見守る中試合が始まります。
男性陣はドンを、女性陣はローラを応援していました😊
ローラは余裕でドンに勝てたはずなのに、接戦の末ドンに勝ちを譲ります。観客にはわかりませんが、ドン本人にだけはローラが手加減したとわかります。
なぜわざと負けた?と聞くドンにローラは「あなたが軽蔑される姿を見たくなかった」と言います。
ローラは勝ちを譲ることで、ドンの体面、プライドと名誉を守ろうとしたのです。
そしてローラはドンに対して「偏見を捨てて。ありのままの他人を受け入れて」というメッセージを渡します。
違いを認め合おう
差異を受け入れよう
この腕相撲対決以降、ドンのローラに対する態度が変わっていきます。
ローラのメッセージがドンに響いたのですね。
これまでは世間に馴染めずにいた、どうせわかってもらえないと悩み諦め孤高の世捨て人的だったローラも、初めて自ら歩み寄った。あるがままを受けとめてほしいと伝える努力をした。自分を拒絶する相手に対しても諦めずにアクションを起こした。
また、これまではただ「女装男=気持ち悪い=理解できない」という偏見の塊だったドンも、ローラの人間としての度量の大きさに気づき、さらにローラのメッセージの意味したことを理解するのです。
変化したドンがその後、ローラの言葉を受けてあるアクションを起こすのです!
その話はパート2で……。
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