人を騙す仕事
「お父さん。お父さん。」
そう言って妻が通帳を片手に
台所から手招きをした。
「なんだよ?」
リビングのソファーから立ち上がり
妻の所に行った。
「ちょっとこれ見てよ。
先月も引かれていたのだけど
マジックパワー???の引き落とし
これ何?」
「マジックパワー?なんだそれ?
知らんぞ。」
「でも引き落としをされているのだから
手続きをしたって事よね?」
「ちょっとググってみるよ。」
そう言って、夫はスマホで調べ始めた。
「なんかクレームの多い会社みたいだな。
水道管に取り付ける装置?磁石?
のようなもので、水を浄化するらしい。」
「家にそんなものつけたかな?」
夫はそう言いながら、
首をかしげていたが
「ああっ!思い出した。
あれじゃないか。
ほら、引っ越ししてきた時に
名札の付いた作業服の男がやって来て
水道の点検とか言っていた。」
「そうそう、台所やお風呂、
トイレなどで水を流して
調べていたわ。」
その日は新築マンションの、
引っ越しの順番日で
バタバタしていた。
オートロックのマンションなので
他人が勝手に入れないはずだが
引っ越しの搬入日は、
オートロックが解除されていた。
その隙をつかれたようだ。
なれた様子で、
「引っ越し時の点検です。」とか言っていた。
「あの時『マンションの水は
一旦屋上に貯めてから使うので
浄化装置を付けた方が良いですよ。
このマンションの人は皆
オプションで付けています。』
とか言ってたな。
そう言われたら
マンションは初めてだから、
皆そうするのかと思った。」
「それよ。あなたはあの時私に
口座番号を聞いていたわ。」
「公共料金の支払い口座は、
それぞれ届けているのに
変だなっとは思ったけど
あなたが聞くから、つい・・・」
「点検書のサインと同時に
契約書にもサイン捺印したのかな?」
そう言えば、その記憶があった。
慌てて廊下に出て設備ボックスを開けると
水道メーターの後ろの管に
それらしき物がしっかりと付いていた。
「てっきりマンションの管理会社だと
思い込んで油断してた。」
「すぐ契約解除してもらって
このヘンテコなものを外してもらおう。」
夫がそう言った。
妻は近所の人にも聞いて回ったようだが
よそは怪しんで断ったりしたようで
同じ階の被害者は2件だけだった。
「なんだか、恥をかきに聞いて回った様で
恥ずかしかったわ。」と妻は愚痴った。
後日、契約の解除を申し入れたが
契約は3年になっていて
違約金が発生する等々言われた。
詐欺まがいの売り込みにも
問題が有ると粘り強く交渉したが
クレーム慣れした相手側は
契約書をたてに取り
3年間は解約に応じないと強弁した。
新しいマンションに引っ越した
高揚感と忙しさに
まんまと付け入られた悔しさが残った。
話は戻って、その引っ越しの日
「どうだ、上手くいったか。」
「ええ。ドキドキでしましたけど
契約が取れました。
2件目からは、だいぶ慣れました。
装置もしっかりと取り付けました。」
「そうか。やはりこのやり方は
正解だな。ここのマンションの引っ越しは
まだまだ続くからエレベーターの利用予定を
メモしておけよ。
それと管理会社とか水道局とか言うなよ。
『入居時の点検です』だからな。」
「それは研修で何回も聞きました。」
「ここで最低30件は契約を取りたいからな。」
「後、周辺の新築物件の引っ越し予定日も
確認しておこう。」
「毎日毎日、飛び込みで契約を取りに行っても
いつも門前払いで上手くいかなかったが
このやり方にしてから
ずいぶんと効率が良くなった。」
「ところで、先輩
この装置ご利益があるのですか?」
「おいおい、いまさら何を言ってる。
我々には、関係ないから気にするな。」
「外見は、ステンレスの筒で
高級そうに見せてるけれど
中身は磁石が入ってるだけですよ。
これが数十万円もしますかね。」
「リース契約だから気付きにくいけど・・・
毎月の支払いが続くとなると、重いかも。」
先輩は諭すように新人に言った。
「この価格には、事務所経費、
事務員の人件費、製品の仕入れ代
広告宣伝費我々の歩合、
交通費諸々が乗ってる。
世の中の商品価格は全て
同じ道理で決まってるのだから
罪悪感を感じなくて良いからな。」
「どのようなものでも、原価など
たかが知れたもんだよ。」
「ただ、製品価値があるかどうかは
人それぞれに判断する事だからな。」
「今日は、新人くんの入社祝をするぞ。
俺のおごりで飲みに行こうぜ。
俺たちはチームだからな。」
「ありがとうございます。」
そうは言うものの後ろめたさがあった。
近隣の新築マンションも含め
被害が頻発したため
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マンション入居者の皆さまへ
管理会社とは関係のない訪問販売業者が
管理会社の様にふるまって
詐欺まがいの商品の契約を取る
事例が増加しています。
特に入居のタイミングが狙われやすいので
十分に注意してください。
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この様な張り紙がされるようになった。
「そろそろ、この商売も潮時だな。」
と言う言葉を残し、先輩は別の歩合の良い
訪販会社に転職してしまった。
良心の呵責の様なものは
すっかり薄れてしまっていた。
最近は自分も歩合の良い所に
移りたいと思うようになっていた。
歩合の良い会社を探している時
「最近浮かない顔して元気ないけど
仕事の方大変なのかい。」
母親が心配して息子に声をかけた。
「母さんは心配しなくて良いよ。
営業は毎月の売り上げ計画に
追いまくられて
疲れる事もあるよ。」
「ここ数ヶ月、前の様に売り上げが
上がらなくなってきて
歩合も減って、スランプなんだ。」
「母さんに心配かけない様に
と思っていたけど
やっぱりばれてたんだな。」
「当り前さ、何でもお見通しさ。
つらい時は、相談に乗るよ。
あまり役には立たないと思うけど。
話せばすっきりする事もあるだろ?」
息子は返事をしなかった。
「ところで、最近ごはんや水が
美味しいと思はないかい。」
「いや、別に気付かないけど。
どうして?」
なんだか胸騒ぎがした。
「先日、夕飯の準備をしている時、
チャイムが鳴って
お前と同じぐらいの子が
訪ねてきたんだよ。目も合わせないし
なんだかおどおどしてさ。」
「あまりおどおどしているので
どうしたのと聞いてみたの。」
「なんでも入社してもうじき
2か月にもなるのに
自分だけ全く契約が取れず
事務所に帰ると
壁に向かって遅くまで営業トークを
させられたり、レポート用紙に何枚も
同じトークを書かされる。
ひどい時は、私は無能で給料泥棒です。
明日契約が取れなかったら
退社してお詫びしますとまで書かされる
まるでいじめにあってるようで
営業の仕事で家々を
廻るのがつらいと言ってたよ。」
「かわいそうになって、いったい何を
売ってるのかと聞いたら
新発明の水道水を浄化する装置で
これを付けるだけで、半永久的に
体に良いイオン水が
できると言うのだよ。」
「初めて聞いたので、びっくりしたけど
体に良くてこの子の助けになるなら
買ってやろうと思って値段を聞いたら
売るのじゃなくて、
月々のリース契約だと
言っていた。
月々なら、家計の負担も
少ないかなと思い
契約をしてあげたよ。
そしたら、その子大泣きしてね
ずいぶんと苦しかったのだろね。
知り合いも紹介してほしいと言うから
仲の良い知り合いを
2~3件一緒に回って
協力してあげたんだよ。」
息子は目を丸くして言葉が出なかった。
「母さん・・・・・・・・」
「やっぱりイオン水は違うね
なんだか元気が出るしね。」
「お前も飲めば元気が出るよ。」
会社の訪販の手口の一つが
まさにそのやり方だった。
息子は、母親が心配しない様に
一切仕事の話しはしなかった。
よりによって、まんまと母親が
引っかかって、友達まで
巻き添えにしていた。
悪事は結局まわりまわって
自分の所に戻ってくる。
まだ今のうちなら
間に合うかもしれない。
俺が母さんを騙した様なものだ
骨身にこたえた。
もうこの騙しの仕事は止めよう。
そう思った。
「母さん、この水何も変わらないよ。
リースなんて馬鹿らしいからやめようよ。
友達にも、
そうしてもらった方が良いよ。」
「そうかい?美味しくないかい?」
「私は、良い事をしたと
有頂天になってたのかな?」
と言って、母親は首を傾げた。
息子は思い切って切り出した。
「母さんのおかげで、
今の会社も営業も辞める決心がついた。
俺間違っていた。
ありがとうな。」
息子がそう言った。
母親は、息子の仕事の危うさに
薄々気付いていた。
まさかドンピシャだったとは
思っていなかったが、
何やらの訪問販売で
歩合を稼いでいるのは知っていた。
まっとうな商売なら良いのだがと
ずいぶんと心配していた。
息子か相談してくれるのを
待っていた。
先日、
偶然にもこの話に出会った。
人生経験の長い母親は
そう易々とは騙されないが
今回は、わざと騙されて
騙された人の気持ちや
人の善意を利用する愚かしさを
息子に伝えようとしていた。
自分の間抜けぶりを少し盛って話した。
ちろん友達などには、
紹介できるはずはなかった。
「そうかい、そうかい。
お前がそう思うのなら
それが一番かな。」
母親はほっとした。
息子に見られない様に
後ろを向いて、
恥ずかしい生き方をしないと決めた
息子の言葉に、溢れてくる
うれし涙をそっとぬぐった。
しばらく間を置いて
「良かった、良かった。」
そうつぶやいた。
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