人類の進化
全体が白づくめの部屋に
木製のテーブルと
椅子が置いてあった。
ドアが開いて
白衣を着た
男が入ってきた。
片手にコーヒーカップを持って
その椅子に座った。
テーブルの上には
これもまた白色の
スマートホンが置いてあった。
男がコーヒーカップに
口を付けようとした時
スマートホンが鳴った。
男は、カップを置き
スマートホンを取った。
「もしもし、
ちょっと相談したいのですが
よろしいでしょうか?」
若い男の声だった。
「ええ、どうぞお受けします。」
男はそう返した。
「実は・・・(沈黙)」
少し詰まってから話し始めた。
「この先、生きていく気力がでません。
つらい事が多すぎて・・」
「ゆっくりでよいので、事情を
聞かせて下さい。」
男は、落ち着いた声でそう返した。
電話の主は、20代の男性で
若年性認知症を発症していた。
少しづつではあるが、
思い出せない事が増えてきて
仕事にも支障が出てきた。
最初は、
周りがサポートしてくれていたが
さすがに、限界がきていた。
会社も退職した。
最近では、通いなれた道すら
迷う事があった。
「私は、夜寝る時目が覚めたら
愛する人や両親すら分からなくなる
のではないかと、恐怖で寝れません。
自分の記憶が無くなることは
自分自身が消えてなくなるように感じます。
この電話もやっとしています。
先生、私はどうしたら良いのでしょうか?」
「残念ながら、現在ある認知症の薬では
進行を遅らせても、
完治することは出来ません。
治療としましては、今残っている記憶を
クラウドにバックアップして
保存します。
あなたは、毎朝それをダウンロードして
脳内にインプットすることで
日常生活を続けることになります。
この話は、理解できますか?」
と男は答えた。
「それと、オプションとしましては
失われた記憶の領域に新たなお望みの
記憶を付け足すことも可能です。
また、費用に付きましては
健康保険が使えますので
自己負担は、3割で済みます。
この話も理解できますか?」
「はい、理解できます。
その治療をできるだけ早くお願いします。」
10年前までは、このようなやり取りだった。
しかし、科学の発達は目覚ましく
人間の記憶を素早く
大容量データーとして
取り出す発明があってから
コンピューターと脳の連携が
爆発的に進み
新たなビジネスが次々と生まれていた。
人間の脳内記憶容量は
ものすごいものがあり
スーパーコンピューターが扱う
データー量も転送できるので
学校での勉強も意味が無い。
そもそも学ぶ必要すらなくなっていた。
その技術が起こす弊害も出てきた。
全てが、合理的になり
お互いの意見が対立することも
なくなった。
つまり、人間の皮をかぶった
コンピューターが
日増しに増え続けていた。
あらゆる事に対して
コスパが優先し
結婚も優秀な遺伝子を残す
事が重要視され
まるで、災害に強い作物を作る
遺伝子組み換えの様に
DNAで管理されていた。
人間自体も脳内のデーター容量で
格付けされ、分類され
生死さえも、
コスパで決められるようになった。
最近では、音声による会話は
伝達速度が遅いので却下され
言葉自体も無くなっていた。
地球は、有機物の躯体で作られた
コンピューター人間が支配していた。
それから数十年後
老化する躯体を必要としない
データーだけの存在として
不老不死の人間が誕生する。
彼らの住み家は、マザーコンピュター
の中だけで完結していた。
この頃になって新人類は
初めて自分たちが失った
大切なものに気付き始めた。
皆が同じ考えで、不老不死なら
一人いれば足りる
個別に存在する必要が無い。
自分自身が無くなっている。
まるで、全ての者が
記憶のなくなった
認知症患者になった。
限りある命、多様な考え
衰える肉体、貧弱な知識
それらは、いとおしいぐらい
素晴らしい宝物だった。
人と違う事が
人間であり、不合理が
人間そのものである。
気が付くのが遅かった。
もう、戻れない。
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