官能小説「ナルキッソスの咲く丘に」3
理沙子はiPhoneを手にしたまま、しばらく固まっていた。
Instagramからの通知はやはりgarbageからのDMの返信だった。けれど、その内容は不可解なもので、見知らぬバーらしきお店の写真と住所だけが載っていた。意図がつかめない、と思いながらも理沙子の胸は高鳴った。書いてある住所はいまいるホテルからタクシーで小一時間ほどの場所だった。
「悪い、この埋め合わせは絶対に」
突然、背後から抱きしめられた理沙子は小さく悲鳴をあげた。
「良いの、長田さんに迷惑かけちゃってごめんなさい」
理沙子は引き攣った顔で微笑むと、iPhoneの画面を消した。
財布には今月の残りの生活費である八万円が入っていた。理沙子はこの衝動が抑えきれないことを知っていた。何か小さなきっかけで歯止めが効かなくなるのは幼い頃からだった。
長田と別れ、タクシーを拾うとInstagramに載っていた住所を告げた。タクシーは深夜料金で、なおかつ感じの悪い運転手だった。
「お客さん、ちょっと遠いけど大丈夫?」と露骨な態度を見せた。
店に足を踏み入れた瞬間、理沙子は身震いした。マズい。何食わぬ顔で、けれど恐る恐る席に座る。たどり着いた場所は場末の小さなバーだった。カウンターに立っている男の首には大きな蛾のタトゥーがはいっていた。間違いない、garbageだ。店内は甘ったるいお香か、薬物の匂いが充満していた。
「何が欲しい?」
何が欲しい?お酒の種類のことだろうか、それとも別の意味だろうか。理沙子は長い爪でコツコツと机を叩いた。
「何がぴったりだと思う?」
男はにやりと笑うと理沙子の顎をくいと掴んだ。
「あんたもしかしてDMのひと?」
まるで子供のようにケタケタと笑い声をあげた。
garbageは男だった。長い髪で、真っ黒いエナメルのパンプスを履いていた。けれど、LGBTQともまた違う雰囲気だ。爪はすべて黒く塗られており、首に彫られた蛾以外にも身体中、真っ黒いタトゥーで覆われている。
「そうよ」
理沙子は冷静を装うのが精一杯だった。
嬉しい、と言うとgarbageは空のグラスを差し出した。
「乾杯しよう、でも俺、お酒作るの下手なんだ」
シャンパンをいれろ、と言いたいのだろうか。理沙子が何か言おうとした瞬間に、唇を奪われた。口の中に甘いリキュールのようなものが広がる。理沙子は慌ててくちを拭って顔を上げると、garbageは嬉しそうに足をばたつかせた。やばい、直感でわかる。まともな人間じゃない、けれど、身体が硬直してまるで動けないし、動きたくなかった。
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