官能小説「ナルキッソスの咲く丘に」2
真っ先に目に飛び込んできたのは、蛾だった。
理沙子はInstagramの画面から目が離せなくなった。首の真ん中に彫られた蛾のタトゥーは黒の濃淡のみで彫られており、お世辞にも美しいとは言えなかった。けれど、それは圧倒的な存在感を放っていた。
Instagramに載っていたのは首に彫られた蛾のタトゥーの写真一枚のみで、その他には何の情報もなかった。アカウント名はgarbage、直訳するとごみだった。
自分にも蛾のタトゥーが欲しい。醜悪なそのフォルムは自分の肌の美しさを際立たせてくれるに違いない。気付けば理沙子はそのアカウントにDMを送っていた。
理沙子のアカウントは、自分の身体だけを映したもので、それは身体中に彫られたタトゥーとネイルの記録のようなものだった。故にフォロワーもほとんど知り合いのみだ。そんなただの個人アカウントからのDMに律儀に返信はくるのだろうか。理沙子は高揚した心を鎮めるために何錠か睡眠剤を胃に流し込んだ。
夜の仕事において、理沙子はトロい、と言われるほうだった。要領が悪く、気が利かず、それをカバー出来るだけの若さもなかった。特に客からの誘いをかわすのが苦手で、気付けば客と寝ることになってしまうことが何度かあった。枕営業といえばそうなるのかもしれないけれど、理沙子はいつもホテルで途方に暮れるだけだった。
その日も、理沙子は一番太い客の長田の誘いをかわせず、ホテルのフロントで茫然としていた。長田と寝るのはもう三度目だった。長田は40代の自営業者で羽振りが良く、お店でも名の知れた存在だった。スーツを着崩した長田が慣れた手つきでホテルの部屋を選ぶのが、理沙子の絶望感をより深めていた。セックスをするのが嫌なのではない、流されてこのような状態に陥ってしまう自分に心底嫌気がしていた。ホテルの部屋に向かうエレベーターの中で長田が腰に手を回してきたときにその自己嫌悪はピークに達していた。
けれど、部屋に入る頃にはもう覚悟は決まっている。心に殻を作り、都合の良い女を演じる準備は出来ていた。いつものように長田がマムシドリンクを飲み、酒臭い息を吐きながら絡みついてくる。理沙子はその首に巻かれた金色のネックレスを凝視していた。長田の手が理沙子の身体を撫でまわし、けれど理沙子は撫でられるだけまだ良い、と冷めた頭で分析していた。ストッキングとショーツを剥ぎ取られる頃にはすっかりその気になっていた。けれど、長田は手をとめた。先ほどから鳴りっぱなしのスマートフォンが気になり始めたのだろう。
「すまない、少し待っててくれないか」
長田はパンツ一丁のまま電話にでた。理沙子は黙って布団の中で寝返りを打った。何か焦った様子の長田の背中を眺めながらヴァギナに触れる。熱い、気がなくてもそこは湿り気を帯びていた。今日はこのまま帰ることになるかもしれない。理沙子はそのまま中指を埋めた。馬鹿な男だ、準備は出来ているのに。理沙子はふいに舌を噛み切って死にたくなった。
長田の大きな声が洗面所のほうから響きわたっていた。理沙子はのろのろと起き上がり自分のスマートフォンを手に取る。通知をみるとInstagramとあった。もしかしたら、と理沙子は飛び起きた。