湖の底
煮詰めた杏の空から、ぬるく半端に冷やされた糖蜜の様に、夜の空気が降りてくる。
開けたばかりの煙草がミルク粥の様に甘く、風のない薄闇で、目の前に滞留して消える。
重い瞼をこじ開ける為に淹れた、濃すぎる珈琲がまだ舌の上で重く香っていて、心臓がまどろみと覚醒に分離してしまった。
細波ひとつない、湖の底で、ひっそり息を殺しながら、時が過ぎるのを待っている様な、形容し難い悲しみが、まだ、発作の如く首をもたげてくる。
なんとなく目の覚める様な色を探して、小さな庭をぐるりと歩く。
鮮やかな花の季節は、気付かぬ間に過ぎ去っていた。
侘しい色彩の中、柔い紫が咲いている。
天鵞絨の葉を持ったアメジストセージ。
淡い芳香とブーケの様に、並んでいる紫色。
多色性を持たせた、ペリドットの眼を持つ猫が、まだ頭骨の中で欠伸をしているわかった。
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