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金木犀

生まれてはじめて金木犀を見た。
なんて言ったら、信じてもらえないだろうか。

わたしの中ではほんとに本当のこと。

今年で31歳。
生まれてはじめて金木犀を見た。



「金木犀の香りがするね〜!!」
仕事終わりに一緒にお店を出た同僚が言った。

キンモクセイ。

毎年秋になるとSNSで「金木犀の香りが〜」という言葉をみかけたり、「金木犀の香りの⚪︎⚪︎を買ったんだ」と聞いたりする。


"あ、これ、普通は知ってるやつだ"と思いながら「金木犀ってどんなの?」とは聞けず、「そうだね〜」とか「いいね〜」と返していた。



今思えば、知らないことに加えて調べられなかったことも不思議でしかない。
でもほんのちょっと前までそういうことが日常にたくさん潜んでいた。


なぜかと言われれば人生の半分くらいを話さなきゃいけなくなるから話すに至らないのだけど、"知らない"の地雷にいつ当たるのかヒヤヒヤしている。



読み書きや知覚に障害があるわけではなく、能力の凹凸と対処法を知りたくて臨床心理士さんのもとでテストを受けたりもした。


WAIS-IVという心理検査で、4つの項目のうち言語理解・知覚推理・ワーキングメモリーは平均。
処理速度だけが異常に高かった。

腑に落ちることがありすぎたので、能力の凹凸についてはもう少し自分の中で咀嚼できたらいいなと思う。



話は戻り、金木犀。

臨床心理士さんのアドバイスで、「この人なら大丈夫だと思える人に"知らない"や"分からない"を言ってみて、反応をよく観察してみて」という宿題をもらった。

「それを言ったらどんな場面が思い浮かぶ?」と臨床心理士さんに言われて、相手の表情が変わる瞬間のイメージが先行していることに気がついた。
それも必ず悪いイメージ。

自分自身が言われた記憶よりも、周囲の人のやり取りを見ていた記憶と結びついているような気もした。


そんなことを頭の片隅に入れつつ過ごしていたから、同僚に言ってみた。

「あのさ、金木犀の香りってどんな感じ?実はよく知らなくて笑」

「え!この甘いやつだよ〜ほらあっちの方からしない?金木犀とか好きそうだし、意外と知らないことあるんだね〜!」

同僚は驚いていたけれど、なんだか楽しそうだった。聞く前と後で会話の温度感は変わらず、金木犀を知らないことは私の何かを損なうことではないんだと思った。



今朝、自転車で街を走っていたら金木犀の木の横を通った。
「なんだか思ったより小さい…!」

オレンジ色の小花なのは写真で見たけれど、イメージと少し違くてびっくりした。

と、向かいの道路をみたらそこにも金木犀。
別の道でも金木犀を見つけた。
こないだまで存在しなかった金木犀が突然街中に現れた。





たぶん金木犀自体は、どこかで目にしたことがあったんだと思う。
でもそれは景色の一部でしかなくて私にとっては存在していなかった。


聞かない、話さない、知ろうとできない。


分かってる。
自分にはそれが必要だったことを、そうやってバランスをとっていたことを、自分を閉じることで自分を守っていた時期があったことを。



でも今朝、生まれてはじめて金木犀に出会った。
きっとそういうことが、わたしにはまだたくさんある。



金木犀を写真に収めながら、またひとつ、小さな扉が開いた気がした。




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