『八雲異界風土記』より「加賀の潜戸(かかのくけど)」
「お待ちしておりました。ハーン殿」
明治二十四年九月。ラフカディオ・ハーンは松平不昧に出会った。
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島根半島。日本海に面した複雑な海岸に、海蝕洞「加賀の潜戸」はある。出雲国風土記には、ある神の誕生した地と記される。ハーンと妻セツは舟を借り、車夫と船頭の老夫婦と共に、まずここを訪れた。「髪の毛三本動かすほどの風が吹けば舟は出せぬ」と言われる難所だ。幸いに無事着き、神々しい景観を堪能して通り過ぎた。
そして、舟は別の潜戸へ。地蔵菩薩が祀られ、石積みの小塔と賽の河原がある。不昧が出現したのはその奥だ。一行は腰を抜かしてひれ伏す。名を聞けばさらに驚愕。特にセツは士族の娘で、相手は旧主家の大殿様だ。
だがハーンは、出現した亡霊に眼を輝かす。
不昧の霊は、暗い窟の奥の空中に立っている。顔には天狗の面、いや、猿田彦の面を被って。
「まずは、茶など」
不昧が洞窟の岩に軽く触れると、すっ、と横に開き、茶室の入口が現れた。
【続く】
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