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韓国ノワールの傑作映画。『KCIA 南山の部長たち』韓国、2020年


1979年、韓国の大統領朴正煕が暗殺された事件をベースにしたエンタメ映画。主演のイ・ビョンホンやイ・ソンミンをはじめ、演技のすばらしい役者さんたち+スタッフ、監督、脚本。本当に圧倒される2時間弱でした。余談ですが、韓国の女性初の大統領だった朴槿恵(パク・クネ)は朴正煕の娘です。彼女はお母さんも暗殺されてます。

この映画の主人公は、KCIA(大韓民国中央情報部)トップのキム・ギュピョン部長。韓国な長い間軍事独裁政権だったので、KCIAといえば独裁政権を支える大きな権限をもつ機関。秘密警察とスパイのトップをイメージすれば大体あってるのではないでしょうか。政治的には、大統領に次ぐナンバー2とのことで、この映画の英語タイトルは ”The Man Standing Next” です。

映画では、軍事クーデターによって政権を奪った大統領の朴正煕が、18年という長期政権のうちに暴走がひどくなっていき、政権を支えるKCIAの前部長だったパク・ヨンガクが、追い詰められてアメリカに亡命し、朴正煕の不正を告発したところから物語がスタートします。主人公のキム部長は、友人のパク前部長と上司の朴正煕大統領の対立をなんとか穏便におさめようとすしますが、ナンバー2を狙うクァク・サンチョン警護室長が妨害します。

アメリカと韓国、そしてパリを舞台にスパイ合戦のような舞台から、その後は平行して韓国国内の宮廷政治ならぬ政権政治にもフォーカスされます。大統領の朴正煕と彼の信頼(寵愛)をめぐるキム部長とクァク警護室長の闘い。水面下の火花どころか、殴り合いまでやります。そして、対立する彼らを手のひらで操る朴正煕。

日本史でわかりやすく言うと、源氏と平氏をあやつる後白河法皇(?)みたいな感じで、この心理戦が韓国っぽいホモソーシャル体育会的色彩(≒ヤクザ)も相まってすさまじいインパクトを持って迫ってきます。

キム・ギュピョン部長を演じるのは韓国のスターで実力派のイ・ビョンホン。私は『JSA』以来なので、映画で見るのはかなり久しぶりですが、セリフのないシーンの心情を表現するのが本当に自然で上手いです。そして、独裁者の孤独を本当に繊細に表現するイ・ソンミンもすばらしい。実物の朴正煕にもそっくりなところがまた怖い。

朴正煕と二人だけで食事し、革命をめざして共に戦っていた頃を懐かしんで「昔はよかった」と言うシーン。戦前、満州国軍官学校卒業した朴正煕と、彼と同郷で、やはり日本陸軍に従軍した経験があるキム部長。二人が話す淀みのない日本語と、心から信頼しあうような表情。結局、友人と上司の間で板挟みだったキム部長は、友人を暗殺する決意をしてしまいます。

しかし、朴正煕はクァク警護室長にも同じ言葉をささやきます。それを盗聴するキム部長の無言の表情。「友人を殺害するキムは信頼できない」という朴正煕の言葉を耳にしたときの愛情、嫉妬、憎しみ、怒り、驚愕などなど、いろんな感情の渦を表現するイ・ビョンホンがすさまじいです。

韓国を庇護してきたアメリカからの「朴正煕の暴走をなんとかしろ」という圧力。自分の立場を理解せず、政治家としての理性を失っていく朴正煕が、まともな自分ではなく、軍人バカのクァク警護室長を重用する絶望感。政治の中枢から外されていく自分の焦燥と不安。心理的にも政治的にも追い詰められたキム部長がとった最後の手段は「この国を護るため」の大統領暗殺でした。それは稚拙で短絡的。とても、ナンバー2のやり口とは思えません。

映画の最後にも「この映画はフィクションです」とテロップがでます。通常、この手の映画には「この映画は事実を元にしたフィクションです」と出てきますが、事実を元にしたというとかなり問題も出てくるからでしょうか。映画と事実との違いについては、詳しいエントリが他にあるので、探してみるとおもしろいです。

なにせ、主人公のキム部長。映画では誠実で理性的な人物ですが、実際にはKCIAの部長ですから、政府を批判しただけの一般市民を多数投獄したり、拷問や殺害してきたはずです。もちろん、アメリカ亡命したパク前部長も。そして、軍事クーデターで政権をとった朴正煕は、映画が始まるよりずっと前からいろんな人たちを殺したり、女性たちを食い物にしてきたのが有名なわけだし、パク前部長もキム部長もそこで一緒に仕事してきたはずだし。

それでも、朴正煕暗殺という歴史的な事件を、実在の当事者にフォーカスしてエンタメで上質な韓国ノワールに仕立て上げてしまうウ・ミンホ監督とスタッフ。すばらしい演技の韓国の俳優さんたち。大昔には、『ユゴ 大統領暗殺有故』(2005年)という映画がありましたが、あれは暗殺の1日に関わるいろんな人にフォーカスしたブラック・コメディで、個人的には微妙でした。

なので、今回の映画は、『タクシー運転手』や『1987、ある闘いの真実』につながる映画って見てる人が多いようです。でも、中には『スターリンの葬送協奏曲』的なものだって指摘する人も。なるほど、いろんな見方がありますね。どれもそれなりに楽しいです。っていうか、そんなに並べられるほど現代史実話ベースの名作があるって羨ましい


邦題:KCIA 南山の部長たち(原題:남산의 부장들、英題:The Man Standing Next)
監督:ウ・ミンホ(朝鮮語版)
原作:キム・チュンシク『実録KCIA―「南山と呼ばれた男たち」』
出演:イ・ビョンホン、イ・ソンミン、クァク・ドウォン、イ・ヒジュン、キム・ソジン
制作:韓国(2020年)114分

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