単純な好奇心が狂気へ変わっていく。映画『迫りくる嵐』中国、2017年
映画の舞台は、1年の350日が雨みたいな1997年の某地方都市。煤けた国営の製鉄工場らしい場面は、ソン・ガンホ主演の名作『殺人の追憶』(韓国・2003年)を思い出します。あの映画を見たあと、何年も怖くて夜の公園を自転車で通り抜けることができませんでした。あれは、確か韓国の1980年代が舞台。これから成長していく、韓国の闇の部分を描いた傑作です(でも、怖すぎる……)
今回の中国映画でも、経済発展していく直前の中国の重工業地域。その後、衰退していく工場で、主人公は無邪気な工場の警備員。近くで女性を狙った連続殺人事件が起こると、探偵を気取って現場をウロウロします。しかも、「労働模範」なんて表彰されて得意になって。もうじき、工場ではリストラの嵐がくるのに。
主人公が部外者のくせに、なんとか事件を解決しようと素人の頑張りで暴走しだすのに、ハラハラ。しかも、工場の上層部が盗難に関与しているとか匂わされてて、いつ主人公が陥れられるか、刺されるかで、別の意味でもハラハラしっぱなし。
なのに、主人公は得意になって暴走して、どんどん深みにはまっていきます。警察に邪険にされたり、工場で厄介者扱いされると、ますます連続殺人事件の解決にのめり込んで、被害者と似た女性を恋人にして、犯人をおびき寄せようとまでします。
ずっと自分のものだと思っていた仕事や人間関係を失ったときの、善良だった人間の暴走は、ジェラシックパークの恐竜とか、ゾンビ映画の幽霊より、よっぽど怖い。
底辺の生活から自分を愛して助けてくれたと思った主人公が、実は殺人事件解決のために自分を利用していただけだと知った恋人は、絶望して主人公の前で自殺します。工場が閉鎖され、仕事も恋人も失った主人公には、結局何も残らず、中国は主人公たちを置き去りにして、その後の経済発展へと突き進んでいきます。
『迫りくる嵐』というタイトルの中国語の原題「暴雪将至」は、大寒波到来前ということで、大寒波とは中国の飛躍的な経済発展と社会の変化を意味しているようです。
中国は、お金かけたお馬鹿な映画が流行っているかと思えば、こういう重厚な人間ドラマをつくろうとする人がいて、それにお金を出す人もいる。人口が多いって、こういうことなんだと思わせられる、見ごたえある映画でした。
邦題:『迫りくる嵐』(原題:暴雪将至、英題:The Looming Storm)
監督:董越
主演:段奕宏、江一燕、杜源、鄭偉
制作:中国(2017年)118分