【歳時記と落語】啓蟄
2021年3月5日は「啓蟄」です。「驚蟄」とも書きます。といいますか、実は二十四節気を使う日本以外はみな「驚蟄」です。漢の時代に皇帝の名を避けて「驚蟄」というようになったんが、唐の頃に一時「啓蟄」に戻ったんやそうで。日本がちょうどその頃の暦を取り入れたらしんですな。その後で唐はまた「驚蟄」にして、他の国はみなそれになろうた。ところが日本だけは持って帰ってきた唐の暦を元にし続けたんで、今では日本だけが「啓蟄」というんやとか。
この「啓蟄」、「蟄虫啓戸」ともいいまして、冬篭りをしてた虫が這い出してくる、という意味ですが、この虫というのはなにも昆虫に限ったことやないんです。トカゲもカエルもみな「虫」です。元々は生き物といような意味で、「大虫」というたら虎、「裸虫」というたら人間のことでっさかいね。
今年も立春過ぎに急に冷え込んで雪や吹雪やということがありましたが、昔から、この「啓蟄」を境に一雨ごとにぬくうなってくると言われてます。ここからが、いよいよ春本番で、それまではまだまだ油断がならんというところですな。せやさかいに、松の木ィの冬支度である菰巻きをはずす「菰外し」をするもの「啓蟄」と決まってます。冬の支度はそろそろ片付けようかという頃合ですな。
上方落語に「牛の丸子(がんじ)」という噺があります。「丸子」というのは「丸薬」、昔の薬ですな。もう今はこの「丸子」という言葉がわからんようになったんで、江戸風に「牛の丸薬」ということもあります。ちょうどこの時分の噺です。
春めいてきたんで、大和炬燵をそろそろ片付けならんと思うた男、庭に干しといたところが出しっぱなしで寝てしまいよった。
間の悪いことに夜中に雨が降って、朝に起きたら、炬燵はずくずく。なんせ土やさかいね。そらもう、指で掘れるくらいにやわらかい。
面白がって掘っては丸めておったこの男、ふとなんぞ思いついたのか、丸めた土をぎょうさん作ると、それに真鍮の粉をまぶして、丸子(がんじ)にしたてよった。
友だちに胡椒の粉ォを買わせると、自分は干鰯売りの格好で、田舎のほうを目指します。村人を捕まえては商談の振りをして、頃合を見て友達に合図を送ります。すると、友だちはキセルで牛の鼻へ胡椒の粉を吹き入れます。
たまったもんやないのは牛ですな。えらい苦しみ始めます。
そこで男は、大阪の方でも最近こういう牛の病が流行ってて、自分は弟が作ったよう効く新薬を持ってると言います。
それから牛に丸子を飲ませるていで、鼻の穴に盛大に水を注いで胡椒を洗い流します。
そうしますと、牛はすっきりしたもんです。これはよう効く薬やと村人が皆買いに来る。男は偽の薬をみな売ってしもうて大もうけです。
「お前はえらいやっちゃなああ。えらい懐がぬくなったやろ」
「ぬくなるはずや、元は大和炬燵や」
落語では、まあ大体商売をやると失敗するんですが、これはペテンがうまくいくという珍しい話です。それだけに、後味が悪うならんようにやらなあかん。そこが、噺家さんの腕のみせどころですな。
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