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歩くこと。

先日、井の頭公園から東京湾に面する晴海ふ頭公園まで歩いた。
神田川沿いに30余kmの道のりを、友人と2人で歩き切った。

友人が『サマーバケーションEP』という古川日出男の本を読んで、神田川沿いを歩こうと最初に持ちかけてきたのはまだ大学生のときだったから、言い出してからすでに4、5年が経っている。
当時は何が楽しくてそんなことをするのかと、気乗りのしない返事をして話は終わった。

そんな話をしたことすら忘れていた今年の2月頃、彼女が再びその話を持ち出した。
もしかしたらその間にも何度か話題に出ていたのかもしれないが、全く記憶に残らないくらい私には印象も薄く、まして興味の惹かれるものではなかった。
それが突然鮮明に見え、面白そうだと食いついたのは、2024年の年明けに別の友人4人と埼玉県の熊谷駅から、栃木県の桐生駅まで(正確にはその少し手前の小俣駅まで)歩くという会があって、それが思いの外楽しかったからだった。
やっぱり歩くことが好きだな、と思った。少し足に痛みも出たがともかく歩ききれたことで、自分の脚力に自信もついた。

そんな話をしたところ、そういえば、とサマーバケーションEPの話題が持ち上がった。私の心もとない記憶の中に、たしかにそんな話をしたような手触りがあった。そしてその小説の作者が古川日出男ということに驚いた。
最近『の、すべて』を読んだばかりだった。自分で気がつくよりも前に私はその名前に出会っていたのか、最近見つけたつもりでいたものはかつてすぐそこを横切っていたのに私は素通りしていたのかと不思議な感じがした。

それで、よし歩こう。となって、4月に決行した。


井の頭公園に神田川の源流がある。
そこからの道はしばらく、見慣れた川沿いの道だ。途中、鯉のぼりがかけられていた。近くの小学校などで子ども達の手によって描かれたのだろうか、小さめの、と言っても両手くらいの大きさがある鯉たちは色とりどりでそれぞれ違う顔をしていた。

途中、ミスドを買って食べたり、方南町のサイゼリヤでお昼にパスタを食べたりしながら川沿いをひたすら歩いた。
高田馬場から江戸川橋までは、レンタサイクルで少し楽をした。時間が短縮されたかについては正直微妙だったが、少なくとも足の疲れはいくらかマシになった。

途中雨が降ったりもしたが、小雨のまま本降りになる前に止んだ。
文京区に入ると川はずいぶんと大きくなり、道路の真ん中にどっしりと幅を利かせていた。
御茶ノ水で一度小休憩をした。エクセルシオールのチーズケーキは美味しかった。
さすがに傘が必要になりそうなので、折り畳み傘を調達した。今後も使えそうなやつを選んだ。

浅草橋を過ぎて神田川は隅田川に注ぐ。

隅田川のあまりの大きさに、「でっけええ!!!」って叫んだ。雨は本降りになっていた。
あたりは暗く人もほとんどいなかった。
釣りをしている人が散見されたが、こちらに注意を払うものはなかった。

ふたりで馬鹿みたいにはしゃいだ。「隅田川、すげえ。でけえ。」それしか言ってなかったと思う。今までの疲れが全部吹っ飛んでいった。
でかい。こんなにでかい川が、東京には流れていたのか。私達は18で上京してからずっと当たり前のように東京で暮らしながら、こんなに大きなものの存在を、知らずにいたのか。ずっとそこにあったのに、まるで気がつかないでいたのか。

海の匂いがした。雨のせいで匂いが強くなっているのかもしれなかった。
海の予感に、私達はまた軽快に歩き出した。


最終的に晴海ふ頭まで歩いたが、海だ!という達成感を味わわなかった。夜になってしまって暗かったのもあるが、海の方にレインボーブリッジが見えた。まだいくつかある埋立地のなかほどまでしか来ていなかった。しかし体力的に限界だった。
途中通過した月島で空腹を抱えながら美味しそうな匂いの中を歩き続けるのはかなり辛かった。
バスで新橋まで行き、夕飯にオムライスを食べて帰った。

隅田川と出会ったときがこの旅のクライマックスだったと思う。本当にとてつもない感動だった。


歩くことは、等身大で世界をみることなんだな。

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