混血児は思った「私は何者なのか」
你好我好大家好(ニーハオオーハオダアジャアハオ)どうもMuneです。暑い日が続く中ついにオリンピック開催も目前にせまり、ワクチンの供給も多くなってる様なので、少しずつですが、中国の学園に戻る希望の灯火が見えてきてとても嬉しく思っています。
さて、今回は私が中国での留学生友達や身の周りのハーフやクウォーターの方と関わる中でよく話題になったり、考えたりする混血児のアイデンティティについて少し話して見たいと思います。私の今のところの多くはない人生経験を下に話すので、同じ様な混血児の方が自身の立場について考える時の一つの参考になれたら幸いです。
ふと思う私はいったい何者なのか?という疑問
以前の私が書いた記事でも自己紹介した通り、私は日本と中国の混血児です。中国人の血統を持っていて、日本で生まれ日本で育った母国語が日本語の日本国籍の人です。今の私の周りには似た様な背景を持つ方がたくさんいます。中国で育った日本血統を持っている日本国籍の方だったり、中国血統で日本で育った母国語が中国語の方だったり、皆色とりどりな背景を持っています。
そして私を含む全ての混血児の人は生きている中で必ず一度は「私っていったいどこの国の人なんだろう、いったい私は何者なのだろう」と考えることがあったのではないかと思います。
世間一般にハーフやクウォーターなどと人前で名乗るとよく「かっこいい〜」「羨ましい〜」などの反応が定型文になりつつある様に感じます。しかし、幼い頃の私は「いったいどこが羨ましいのだろうか、こんなにも自分を見つけられない苦しみがあるのに」と考えていたことがありました。
今では自信を持って自分が混血児であると言えますが、幼い頃はどこか後ろめたい気持ちさえあり、なかなかそうだと話すのに勇気が必要でした。
なぜそう思ってしまうのか
なぜそうなってしまうのでしょうか。それは混血児という存在がよくも悪くも周りと異なる存在であるからだと思います。良く言えば特別、悪く言ってみれば異質ということになります。これは差別的な言い方ではなく、血統という面から見た時、混血は100%純日本人という集団の中にいる際の一つの個性であり、それを気持ちの受け取り方によって言い換えているだけです。
ここで、気持ちの受け取り方によって言い換えていると話しましたが、この受け取り方が私の様な混血児の成長過程ではとてもとても重要なことでした。
もし、父も母も日本人という家庭に生まれ、日本の学校に普通に通うなら、言わずもがな小学生の時点で私は日本人だと強く実感するでしょう。しかし、家族に外国の人がいると、家庭内の文化にも変化があります。私の場合、料理が中華だったり、家の本棚が中国語だらけだったり、年末年始や各祝祭日の過ごし方が中国式などと、小学生の世界を統べる家庭と学校が全くの別の国土の様な環境でした。
この様な環境にいると、自ずと自分は果たしてどちらに属するのだろうかと疑問を持つ様になります。
左右する環境
子どもはスポンジの様な吸収力がある、周りの環境からたくさん吸収するという例えを聞いたことがあります。では、油と水を同時に吸収したスポンジは果たして自分の中に何があるか判断できるのでしょうか。
子どもがまだ自我がしっかりと構築できていない頃、一番影響を与えるのは周りの人々だと思います。少なくとも私はそう実感しています。
そして、私がスポンジだった頃、吸収した水と油はとても特徴的なものでした。
一方は私の母と母の故郷の人達から吸収したものです。先ほど話した通り、私の家庭内文化は母の中国式に沿っているものでした。なので、中国の春節の際には中国の実家に家族一丸となって赴くことになります。それ以外にも夏休みなどの長期休暇の際に母の連れで中国に行くことが度度ありました。
その度に、中国側の親戚に会うのですが、毎回必ずと言っていいほど、冗談混じりではありますが「小日本」と呼ばれることがありました。これがどういう意味で、なぜこう呼ばれるのかについて軽く触れておきます。
中国では昔の抗日戦争に関する映像作品が今でも根強く人気を博しています。それは中国では未だに上の年齢層の人々が日本に対しての嫌悪感を持つ人がいるということもあるかと思いますが、どちらかと言うと、その昔からある抗日とういう思想の中の熱血や団結力という精神的な部分だけが焦点化されて受け継がれたように思えます。なので、抗日戦線を描いた映像作品というものはある種の日本の時代劇のようなものでしょう。武士の威厳やかっこよさだけを兎にも角にも伝え、歴史の信憑性などは二の次なのです(たまに笑えるほど非現実的な物もあります)。
少し脱線しましたが、私達も時代劇を見て、「拙者」「御主」などという言葉を覚え、冗談めかして言ったりすることがあるかと思います。それと同じで、「小日本」というのも中国の抗日戦線映像作品の中では特にポピュラーなフレーズです。ここでの「小」という文字は「小さい」や「度量の小さい」という意味合いがあり、「小日本」というのは「取るに足りない日本」「度量のない日本」などという意味のある蔑称になります。
つまるところ、中国の方(特に上の世代)は真意かどうかわかりませんが、談笑でこの様な嘲笑的な呼び方を使うことが多々あります。
小学生の頃の私はこれを聞いてもここまで深く意味がわからなかったです。何となくその話し方と表情で小馬鹿にされているんだろうかという風に感じたことはあります。ただ、当時はっきりと感じたのは、ここにいる時、私は日本人なんだなということです。周りの人達とは違うんだなとその周りの言葉から深く感じることになりました。
では、産まれ育った日本ではどうでしょう。
日本の小学校ではその異質という感覚がより顕著でした。これは別に批判の様な物言いではないのですが、日本の教育というのは平均を求める事が多い気がします。言い換えるなら、普通を目指す教育をしていると思います。それによって社会で互いにバランスをとり、平穏に平和に暮らす事が可能なのですが、同時に普通であるという事にこだわり、出る杭が打たれたり、排他的になる事も比較的起こりやすいのではないかと思います。
その影響かは分かりませんが、私が中国との混血であるとカミングアウトした後には、そこそこの異物として扱われたり、揶揄われたり、意地悪をされました。家庭と学校しか知らない小学生にとって、学校という環境で敬遠されるのはなかなかに苦でありましたし、なにより「ここにいても私は日本人ではないのか」という疑問が生じ、前述した中国の環境での経験も合わさって、とても形容し難い感情が心頭に発しました。この環境の左右により「いったい私は何者なのだろうか」という考えがより一層強くなりました。
『グリーンブック』という映画のワンシーンに黒人でありながらも白人社会で懸命に生きるドンが白人である助手のトニーと口論になり、自身のアイデンティティについて「私は黒人でもなく、白人でもなく、それに男でもない。教えてくれ、トニー。私はいったい何者なんだ?」叫ぶ有名な場面がありますが、これは人種差別に限らず、全ての自分の存在やアイデンティティに疑問を持った人が心で叫んでいる事だと思います。当時の私もその一人でした。
結局、私達は何者なんだろう
中学半ばまでのしばらくの間、私は自分の国籍について疑問を持っていて、自分の属する側を見つけられずにいました。しかし、転機は意外とあっさりとありました。
私は中学で生徒会活動に盛んに取り組む様になりました。課外活動に参加する中で関わる人が増えて、いろんな人の話を聞く様になりつつ、一生懸命勉強をしたり本を読むのを通して、自分に自信を持つようになりました。自信と言うと何かぼんやりしていて、一体何が根拠にあるんだと思ってしまうかも知れませんが、この自信というのは、自分自身を好きになるという事です。目の前の日常に精一杯取り組む中で自分という人間の存在を好きになるということで、自信に繋がりました。
この自分を好きになるタイミングは人によって様々だと思いますが、「好きになって認める」という事が自分のアイデンティティを確立することにすごく貢献したと思います。
また、テレビや映画、小説などを見るのを通して、人は色んな生き方があり、それぞれにしかない経験をするものだと理解することで個性に対する受け取り方を変えたのもとても大事でした。
では、つまるところ、私は日本人、中国人のどちらなんでしょう。
「私は何者か」という疑問に私が出せた答えは「私は私だ」というものでした。つまり、何ものにも属さないということです。というか、何ものにも属する必要はないのです。
水と油を両方吸収したスポンジは、水を吸って自分がながし掃除をするスポンジなのかと思うと同時に、油を吸って自分が鍋洗いのスポンジなのかと思い困惑する必要はなく、そのどちらもやるスポンジだと思えばいいのです。
確かに国籍(パスポート)を見れば私は日本に属しますが、私は中国の文化を知って愛するアイデンティティがあるし、中国の人ともたくさん関われる環境を持っている、それに私よりも中国を知り愛している人達よりも日本のことを知っていて愛してる特別な存在なのだと私は思っています。
猫なら真っ白な毛のマンチカンも鮮やかなベンガルも可愛いですが、雑種の三毛猫だって可愛いし、雑種なりの個性を持って元気に生きていける。帰属する必要はなく、自分なりのオリジナリティーが素敵なんです。
まとめ
私の好きなモデル・俳優の水原希子さんは以前からハーフやジェンダーの存在、自分らしい生き方を主張していて、インタビューなどを見るととても生き方にヒントを貰い、元気がでます。興味がある方には是非見て貰いたいです。
もしかすると、どちらかに属さないといけないという葛藤は、国籍のことに限らず、人種やジェンダーのことでも似た様な事があるかと思います。社会全体で普遍的に何かに帰属して生きねばという見えない圧力があるからなのかも知れません。
ですが、グローバル化やジェンダーフリーが進むに連れて、何かに属する者としてなのではなく、一人の人間として、「自分」として生きていく事がなにより必要な事になるかと思います。芸人のオリエンタルラジオの中田敦彦さんは「人は何者にもでもなれる。いつからでも」と話していますが、本当にその通りで、私達は何者でもなく、何者にでもなれる、定義付けるのは何時だって私達自身なのだと改めて思います。
おわり
さて、今回の記事を読んでくださりありがとうございました。いかがでしたか。今回は自分の経験の中での考えを話してみました。同じ様な経験をしている人やした事がある人、周りにそういう方がいる人などに少しでも参考になれたら幸いです。
もしよろしければ、いいねとフォローをしてくださったらとても嬉しいです。これからも私の中国での留学生活や経験などに関する内容を主に色々と書いていこうと思います。
これからもよろしくお願いします(^v^)v