柳花水木
霜月晦日、柳花二翁常世の国の門前に立ちて新入りの到着を今か今かと待ち侘びてゐた。
「ばけもの監査取締殿、大層待たせよるものですな」
「さて、相当のおばけずきと此岸にも名ばかり聞こえるのが、何時迄も中有にぐずぐず留まつてゐるのだから、心持ちがざわざわと落着かなくて困る」
柳翁、欠伸を噛み殺し渋い面をしてゐるところへ、霞の向うから隻腕の翁がひとり、カランコロンと呑気にやつてくる。
「やあ、あれで御座いますかな」
「おおい、此方だ。君が余りに長く待たせるものだから、僕の首も長く長くに伸びて、もう直に抜け落ちて仕舞う処であつたぞ」
隻腕の翁、柳花二翁の顔を見回しぺこりと禿頭を下げると、心ならずの遅参を詫びた。
「これはこれは柳花先生、わざわざの御出迎え、実に忝なく思います。暫く以前からそろそろお暇を頂こうかと重い腰を上げかけた処へ、またぞろ戦の何のと現し世が騒がしい。そうなりますとわけのわからない怒りがこみ上げてきて仕方ない、それでついつい…。いや失礼失礼、御挨拶を差し上げ損ねておりました。僕は、水木と申します。以後よろしくお願いします」
「ああもうよい。此処は底冷えがして敵わない。君の為に一席設けてあるのだから、共に酒酌交して河童の話などしようじやないか」
柳翁、さつさと踵を返し、門の向うへ歩んで往つた。水木の翁、また申し訳無さそうに頭を下げつつ、その口角はもうにまりとばかりに弛んでいる。
「うふふ、河童ですか。よう御座いますな。時に、龍の先生は…」
「芥川さんは今日はちょっと差し支えがあつて。なァに、時間なら幾らでもあるサ」
一時表情を曇らせた花翁は、水木の翁の肩を抱き、柳翁の後を追つた。
2015年11月30日に記す。