不思議の国の「ツーリスト」
今や日本は「食」と「文化」の巡礼地
日本に海外の旅行者が殺到している。この旅行者たちが多少とも日本人に利益をもたらしているので、まずは歓迎すべきことだと思う。私たちは何となく、世界中から旅行者が日本にやってくるのは当然のように思っているが、決して当然ではない。地球の反対側からもやってきてくれているので、これは尋常なことではないと思うのだ。日本にいる私たちには、その猛烈な動機が分からないが、ユーチューブなどで日本にやってきた海外からのツーリストたちが、日本のことを絶賛してくれているのを見ると、何となくたくさんの人が日本にやってくる理由の一部は理解できる。
ツーリストたちにとって、
「安くて美味しい料理」が日本の第一の魅力
とりあえず、食べるものが美味しくて安いということが日本にやってくる大きな動機になっていることはよく分かった。ただ論旨が無意味に散漫になることを防ぐ意味で、ここで言うツーリストとは、お金持ちであるとか、特別グルメであるということではなく、若い人を含む、ごく普通の人を対象としたものとしたい。日本の食べ物を称賛している人たちの声を集約すると、やはり一番は食べ物の価格が欧米に比べて三分の一と安いことだろう。欧米では外食となると安いところでも2,000~3,000円はかかるが、日本なら500円でちゃんとした食事になる「牛丼」が食べられるという。安さと併せて評価されているのは食事の美味しさだ。
日本のグルメを支える食文化の多様なスキル
食事の美味しさを支えているものは、一つは素材の新鮮さだと思う。さらにその素材の新鮮さを保証しているのは、魚を例にとると釣り上げるなり、網で獲った後の処理の迅速さと、的確で緻密な処理方法だと言える。血抜きや神経抜き、冷凍や氷詰めの処理のことだ。こうした緻密でデリケートな処理があるから鮮度が保たれるのだろう。次には調理の際の高度なスキルがある。日本刀の刀剣づくりの技法が生かされている和包丁による調理が、見た目にも美しい料理を生み、ドリップが失われるのを防いでいる。
また日本の調理法の特徴の一つとして、素材の部位によるテイストの違いを的確に見分けて、部位ごとに調理の方法を変えることなどもある。例えば日本の焼き鳥は、鶏を大きな塊(かたまり)として料理するだけではなく、軟骨や手羽、舌、砂ずり、肝などの小さな部位をまとめて、その小さな部位の素材そのものの味覚や舌触りを楽しむ意識がある。
安くて美味しい食事の背景にある食産業の低労働コスト
また、刺身、煮物、揚げ物、煮物といったように多様な料理方法が存在し、同じ素材でも多様なタイプの料理に展開することが可能で、さらに料理のバリエーションが豊かに演出されている。そうしことから日本料理の魅力を探っていけば、つまるところは対象となる食材、つまりは動植物を生育させる人、素材を獲る人、下処理する人、調理する人のすべてが、極めてデリケートできめ細かく高度なスキルを習得して調理に当たっているからだと思う。
日本的風土の商いの流れに乗っているだけで、「濡れ手に粟」で稼いでいる会社や人もたくさんあるだろう。しかし、それほど高給でない収入で、デリケートな技術を駆使し、さらにおもてなしの精神を発揮して、食の世界を支えている人達が、海外ツーリストが絶賛する日本の「安くて美味しい食事」を支えているとすると、それはそれでいかにも不条理な気もする。まさに、不思議の国の日本での「ツーリスト」の天国を生む背景なのだろう。
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