「きたなシュラン」
ミシュランをパロディー的に面白く展開
「きたなシュラン」というのは、ヨーロッパを中心に世界へと広がったグルメの格付け組織である「ミシュラン」をパロディ的に面白く展開したものだ。店構えや調度、食器、インテリアはそれほど手の込んだり、格調の高いものではないが、料理の味に関しては「ミシュラン」並みとまでは言わないまでも、かなりレベルの高い店だということで、「きたなシュラン」という独自の称号を与えた。確かテレビ番組の一つのコーナーとしてスタートしたと聞いたが、コーナーの名前が変わったという噂もあって、今はどうなっているのか知らない。私が東京に住んでいた頃、私がよく行く大井町辺りにもこの「きたなシュラン」の称号を持った店があったし、私もよく食べに行った。
飛び切り旨いというより、料理ボリュームで勝負する店も多い
この「きたなシュラン」の称号というのも、テレビで人気タレントが司会していたので、世間的には結構有名な称号だと思う。とはいえ、大々的に表示されているのではなくて、あまり目立たないところにさりげなく表示されていたように記憶している。この店の料理は、飛び切りうまいというのではなくて、どちらかというと料理のボリュームで勝負しているという感じだった。私が店を訪れた時は、お客さんも運動部の部活帰りの男女の学生が多くて、周りを見た感じでは、メインのトンカツ、チキンカツに加えて、スパゲティやピラフ、ドリアなど満腹系の料理が多いように感じた。
ところで、「きたなシュラン」は、テレビ局が発掘したような立て付けになっていたかもしれないが、基本的にはこの店を愛好するお客さんが店の周辺にたくさんいたことがその前提となっている。確かに世の中には、全国的には必ずしも知られていないが、地元では熱狂的に愛されているちょっと風変わりな店も多いのだと思う。そういう意味で、自分なりの独善的な「変わりミシュラン風」を見つけるのも楽しいと思う。
料理は第4か、第5の芸術?
私がまだ30代、40代の頃に旅行系の雑誌社から頼まれて、関西の食べ歩き何十店、何百店といった飲食店紹介の記事を書く仕事をしたことがあった。当時は、なぜかこの種の仕事が雑で、いかにコストをかけずに、短時間で、多数の店を紹介するかということが目的化していた。料理や店舗写真は専門のカメラマンが効率的に撮影して、味をチェックするのはちょっと舌の肥えた担当の記者で、彼らがファックスで送ってくる箇条書きのレポートを、私や2、3人のアンカーが最終稿にするというパターンだった。そのような雑な仕事をこなしてきたことはまったく自慢にはならないが、それよりも、多くの料理人から料理の神髄を聞かせてもらえる貴重なチャンスがたくさんあったにもかかわらず、そのチャンスを無駄にしたことが今になって悔やまれる。
私たちがインタビューした料理人の中には、大正天皇の崩御に関連した御大典において料理方の末席を務めた人や、まだ日本のシェフがフランスで修行するのが容易でない時代に、フランスのエリゼ宮のレストランで長く修業していた若き料理人などがいた。料理は第4、第5の芸術と呼ばれるくらい優れた美的体験と言えるが、それ故に料理人には鋭い感性が求められる。ただモノの本によると、料理が芸術になり切れないのは、料理には音楽の場合の「楽譜」「レコード」「CD」や、絵画の場合の「キャンバス」「壁画」や「彫刻」、また著述における「本」や「映画」といった美的体験を正確に安定して記録するメディアがないからだという説もある。なぜかこじ付けのようにも感じるが、いつかは料理の味覚を正しく記録するメディアは登場するのだろうか。