「とげとげ」防衛論
動物に食べられるのを防ぐ「イガ栗」は専守防衛の鑑(かがみ)
去年の秋のことだが、久方ぶりに伏見の果物屋の店頭で立派な栗を見た。栗の実だけではなく棘(とげ)のついた「イガ栗」もあった。といってもほとんどの栗が「イガ栗」というわけではなく、ディスプレイ的に販売している栗の横に数個の「イガ栗」が展示されていたのだ。現代では、日常生活の場で「イガ栗」を見ることは珍しくて、私はしばし果物屋の店頭で店のおばさんに叱られない程度に「イガ栗」を弄(いじ)っていた。そして「イガ栗」を眺めていると、実に巧みに周りの棘(とげ)が栗の実を守っているかがよく理解できる。
確かにこれほど堅牢で、鋭い棘が四方八方に伸びているので、栗を食べたくても容易に手に入れられる動物や鳥は多くないと思う。ただ「イガ栗」は地上に落下してしばらく経つと、棘の生えた被膜が乾燥するのか、割れ目ができて、動物や鳥たちはその亀裂を広げて中身である栗にありつくのだろう。
ハモン・イベルコの豚もやはりイガ栗を壊して栗を食べる?
世界三大ハムの一つとされているスペインの山岳地域に産するハモン・イベルコという生ハムがあるが、この原料は黒い豚だと言われている。イベルコ豚は比較的に原始的な豚の品種で、一般の豚とは違って半ば放牧状態で飼育されていて、自然の栗やナッツを食べるらしい。10年ほど前に、スペインのバスク地方に住んでいる日本人の水彩画家と話したときは、この豚は栗しか食べないと聞いていたが、その時は豚のあのシンプルなヒズメを持った足で、栗のイガをうまく取り除いているのかと不思議に思ったものだった。ところがその後、スペインの物産を輸入している人と話す機会があって、その人の話によると、イベルコ豚は、ナッツ独特の味がするので栗も食べるだろうが、きっと他のナッツ類も食べるのではないかということだった。
栗のイガをどんどん増やせば安全なのか?
とにかく栗のイガを避けて栗を食べるのは、人間以外には簡単なことではないように思えた。それでも多くの動物や鳥にとって栗が貴重な食糧であることは言うまでもない。ただ、見当違いな発想だが、栗のイガを見ていると、日本の防衛論を連想してしまう。つまり、栗の実が剥き出しになった栗は、「非武装中立論」で、イガに包まれた栗は「専守防衛論」というわけだ。確かに、イガの付いた栗は、剥き出しの栗の実より攻略しにくくて、多少は防衛に役立つように思えるが、それでも安全保障性については50歩、100歩で、誰かが何とかして栗を食べてしまう。日本の安全保障を真剣に議論している人たちにとってはそんなくだらない比喩は許せないと思うかもしれないが、意外にその程度の議論をしているように思えることがある。
私は安全保障というのは、こんなに狭くなった地球なので、すべての国が参加して地球レベルで考え協力し合うことがなければ、とても解決するとは思えない。基本的に世界中の国が戦争を避けたいと思っていることはかなりの確率で事実なので、世界の国にとって、それを超えるディール(取引)が成立するイデアが必要と思う。そのベースになるのが動物や植物たちにとっての「棲み分け理論」なようなことではないかと思うのだ。世の中、何かと腹の立つことは多いけれど、腹を立てるだけではなく、基本的に「相手も食べられる」「相手も生きられる」世界を互いに認め合うことがまずの第一歩ではないかと思うのだ。
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