ゲノムが語る日本人 酒の弱さは進化の結果?
2020/5/2 2:00│日本経済新聞 電子版
日本人とは何か。遺伝子解析技術や人工知能(AI)の進歩が「日本人らしさ」を次々と解き明かしている。酒に弱くなるように進化していった姿が浮き彫りになったほか、日本人でも本州型や沖縄型など多様な集団に分かれる可能性がわかってきた。
下戸の人が多いとされる日本人だが、進化の結果だった。大阪大学の岡田随象教授らが1月発行の英科学誌で明らかにした。
17万人の日本人のゲノムを解析し、過去1万~2万年の間に周囲に合わせて変化した29カ所を突き止めた。ゲノム本体は2本の鎖が連なるDNAで、遺伝情報を4つの文字で記す。時間とともに一部の文字がたまたま書き換わると、体などに変化が生じる。
変化が際立っていたのは、アルコールを代謝する「ADH1B」と「ALDH2」という酵素をつくる部分だ。酵素は、酒の成分のエタノールや酒を飲むと体内にできる有害物質のアセトアルデヒドを分解する。働きが弱いと有害物質が減らず、いわゆる「酒に弱い体質」となる。
これまでも日本人の酒に弱い体質はある程度わかっていた。解析データは、世代を経るごとに酒に弱くなる変化がゲノムに蓄積し続けていたことを物語る。長い時間をかけて酵素が働きにくくなり、酒に弱い今の日本人へと進化した可能性がある。「日本人は進化とともに酒に弱くなったといえる」(岡田教授)
だが、酒に弱いとなぜ生き残りに有利だったかは「わからない」と岡田教授はいう。一説では、稲作を始めた時代の日本人は水田にいる寄生虫やアメーバに悩まされていたらしい。酒に弱く有害物質を分解できない体の方が寄生虫などを体から追い出すのに好都合だったのかもしれない。
ゲノム解析からみえてきたのは、アフリカで数百万年前に誕生した人類が地域ごとに分かれ、それぞれの「らしさ」を身につけていく様子だ。
大阪大学などが英国の11万人分のデータを調べると、欧米人は背が高くなるように進化していた。
パンを食べる習慣も関わっていたとみられ、岡田教授は「欧米人はパンをたくさん食べて体を大きく強くしたのだろう」と推測する。
AIの活用で、日本人らしさをとらえ直す発見もあった。日本人のゲノムといっても一人ひとりの違いは100万カ所以上に及ぶ。AIは17万人分の共通点に気づいた。大まかに、本州を中心とする集団と沖縄中心の集団の2グループに大別できたのだ。
違いは、数万年前に東南アジアから移ってきた人々と、数千年前に朝鮮半島から来た人々から影響を受けたようだった。沖縄県は食生活の欧米化で太り気味の人が多いが、ゲノムが語る沖縄の集団の姿は「身長が低く、痩せ型」だった。沖縄の集団はさらに細かい集団に分かれるとAIは示唆した。ゲノムから読み解ける日本人の姿は意外に多様だ。
ゲノムを調べるのは、日本人の成り立ちを知りたいほか、医療に応用したいからだ。
虎の門病院の門脇孝院長は東京大学の研究者時代に理化学研究所や阪大などと約20万人分を調べ、日本に患者が多い2型糖尿病のリスクを高める領域を新たに28カ所発見したと2019年に発表した。欧米人と共通するのは数カ所だった。
それまでは欧米人とほぼ共通とされてきた。従来は進化の過程で頻繁に生じる変化しか解読できなかったためだ。研究では日本人のまれな変化を多数発見。「欧米人との違いがようやく見えてきた」(門脇氏)。日本人は血糖値を下げるインスリン関連のたんぱく質が変化し、このたんぱく質に働く薬は日本人に効きやすい。
ゲノムと病気の研究は欧米が先行したが、遺伝的な背景が異なる日本人は病気の仕組みや薬の効きやすさが違う。
理研などによると日本人はやせやすい傾向があると関節リウマチや統合失調症になりやすい。太りやすいと心筋梗塞や虚血性脳卒中などにかかりやすい。九州大学の秋山雅人講師は「発症予防に役立つ可能性がある」と話す。
東北大学などは日本人特有のゲノム配列を公開している。このデータを基準にゲノムのどこが違うのかを探り、病気の原因究明につなげる。
海外でも米国や英国は100万人以上の規模でゲノム解析を進め、がんや生活習慣病の早期発見や治療に役立てようとしている。解析データは、ゲノムが示す地域の特徴を創薬や予防医療の研究に生かせるだけでなく、人類の進化の歴史をひもといてくれるかもしれない。(草塩拓郎)