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12月/微熱

12月の後半に微熱が続いた。福岡に行って一週間してから風邪をひいた。その週の予定もキャンセルして、ぼんやりとした意識の中家の床に臥していた。夢と現実がないまぜになったような意識の中で、ランダムなサンプルが配置された曲の中にいるような気分になった。3〜4日して熱は下がったし、インフルエンザでもコロナでもなかったけれど、どこか幻覚的な日々を過ごした気がする。

死や破滅、という不安に直面して曲をひたすら作り続けていた2024だった。たとえ破局が来たとしても、わりあい楽な気持ちで死んでいけるように、と沢山の曲を作った。40曲ほど作ってから、ようやくもう残さなくてもいいかな、という気持ちになった。おれのできる限りのことはできたし、おれのできないことは何もできなかったという曲達ができて、仮に破局に直面したとて、いまのおれにできることは何もない、そういう意味でわりあい楽な気持ちで今は臨めているかもしれない。死の近づくようなことがあれば、相変わらず恐怖し狼狽するだろうし、死ぬまで続く安心感のようなものを得れたわけでもない。ただおれはこんなもんだったんだな、という納得と諦観が、おれのずっと言っていたわりあい楽な気持ちの正体だったのかもしれない。

この一年はずっと作りたい理由に突き動かされてきたけれど、次はどこへ行くべきかまだフラフラしている。この世界の外側を志向したりもしたけれど、外側に限らない内側のあたたかさの重要性も感じはじめている。兎にも角にもいまの方針は、この一年で築き上げてきたルーティンを守りながら、おれにとっての大事な理由を探すこと。その理由は音楽的なことに限らず、すべての現象が素材になること。ルーティンを守りつつ今までやらなかったことをすること。たとえば映画やアニメを観る、とか。もう少し外に遊びに行く、とか。

2024年はおれにとって良い年だったけれど、世界は悪くなる一方だ。おれはまだ2024にいたい。だから2025を歓迎せず、いつも通り、早々に寝てしまいたい。

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