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優柔不断はまだまだ続く
夏頃に「優柔不断を治したい」という記事を書いたが、あれからどうなったのだろうか?残念ながら、相変わらず優柔不断は治っていない。相変わらず、人生の方向性は迷ってばっかだし、夕飯どうしようかと無駄に時間をかけて悩む日も多い。
ただ、この頃から大きく変わったことがある。それは転職することが決まったことだ。キャリアの進路についてくよくよ悩んだが、時間をかけてやっと決めることができた(決めたというより、運良く内定を貰えただけだが)。
それ以外のことについては、相変わらず優柔不断である。即断即決とは言い難い。ただし、悩む時間は少しずつ減っている気がする。
目の前の損を最小限にする方法は何かと画策しているけれど、そもそも私は人生で何度も大損しているのに、今更小さな損を回避するために時間を費やすのは馬鹿らしいと思うようになった。新卒就活も初めての転職も選択を間違えたから、20代で2回も転職する羽目になってしまった。そう考えると、日々の些細な選択はパパっと決めることができる気がする。どちらの選択を取ろうと、大して人生には影響ないのだから。
人生を左右するような選択に対しては、じっくり時間をかけて考えるべきだと思う。ここで大事なのは「優柔不断な状態になること」ではなく「考えること」だ。「どうしよ~」と頭の中でグルグルすることは全く意味が無い。論点と判断材料を整理して、不足している判断材料は手を動かして収集する。選択肢についてあらゆる点から比較する。制約条件を洗い出す。このような一連の行為を「考える」と呼ぶ。
当然、「考えること」は時間がかかる。だからこそ、考えるべき選択以外のどうでもいいような選択はとっとと決めるべきである。人生に与えられた時間は長いようで短い。どうでもいいようなことに費やす時間はなるべく減らして、大事なことに時間を使いたいものだ。
選択のスピードを上げるために意識していることとして「自分の気分に任せる」というものがある。選択肢のメリット・デメリットを比較しすぎず、自分の気分と合致するかどうかを最優先事項とする。結局、人生は気分だ。ただ、自分がどういった気分なのか把握するのはそれなりに難しい。普段から内省を通して自分の思考や感情を言語化するトレーニングを積む必要があるだろう。
これはまだ習慣化していないことではあるが、今思いついたことを書いておく。自分が下した選択とその結果をメモしておくのが、今後良い選択を行うために有効かもしれない。日々無数の選択をしているが、良い結果となった選択にはパターンがあるはずだ。基本的な選択パターンを持っておくことで、少ない時間で良い結果をもたらすことができるのではないか。