マイレボリューション My Industrial Revolution
2023年後半は私の人生にとって、生まれて初めての出来事が何件も起こった。そして繰り返し述べていることだが、このような記事も毎日書くことができるようになった(ブログ記事を書くことの抵抗感が薄れた)。その原因は複合的かもしれないが、人生で初めての減量方法模索の結果、糖質制限をキープし、糖質依存脱却ができていることが主因だろうと今はみている。
これら生まれて初めての出来事によって、「長い文章を書く」「多くの記事を書く」という重要かつ優先事項の高いことを毎日、本日までこなせている。単純に喜びと充実感を憶えている。というのも、日記を書くのは、才能のある人、自分をうまくリラックスさせて執筆しやすい状態に持っていける人によっては他愛のないことなのかもしれないが、私にはずっとしたくてもできなかったことだからだ。
不思議なことに減量はまだ途中(進捗65%程度)であって、目標とする体重、あるいは健康的とされる体重に戻っていないにも関わらず、むしろ痩せていた若い時よりも執筆意欲や活動意欲が増えているのである。なぜこんなことが私の身体に起こっているのかまったくわからない。こんなことならもっと早く太って早く減量の方法を探していればよかったとすら思ってしまうほど調子がいいのである。私にとっては思いもかけない幸運であり、QOLは爆上がりである。そして、それが一時的なものではなく半年以上継続しているのも私にとっては生まれて初めてのことで、こんなことが何年も続いていいのだろうか?と、直面した上振れ=「アップサイドリスク」にむしろ困惑すら覚えている。
note記事を書く他にも、部屋の片付けとゴミ出しなどの放置していたであろう家事に着手し、空間に余裕のある部屋に徐々になってきたことや、新しい趣味の開始(オセロ)、習慣化アプリの効果的な継続利用が実現できたことがある。住環境のカイゼンと自分自身のパワーアップを日々実感している。
一方、何か以前に比較してネガティブに変わったことやできなくなったことも無くはない。それは読書である。以前は一ヶ月に何冊か本をとにもかくにも通読はできていたのだが、最近は一冊も最後まで目を通さずに拾い読みだけすることの方が多い。私の中で執筆と読書というのは反比例する関係にあるのだろうか? そうだとすれば、今既にそうであるがいずれ読書というインプットが枯渇してアウトプットは一辺倒でマンネリ、ワンパターンなものになってしまうであろう。
どこかで執筆の時期と読書の時期をスイッチするか、もしくは執筆の日と読書の日を分割した方がいいのかもしれない。とはいえ、そもそも今までは執筆を継続できた時期がそもそもゼロだったため、累計字数が一定数を超えるまではひたすら書き続けてみたいものだと思う。あとはこれが「バブル」ではない不可逆な「産業革命」であることを願うばかりだ。
(1,183字、2024.01.28)