Senseless adolescence
代わり映えのしない毎日が過ぎたとしても。
犯した罪の心当たりがあり過ぎたとしても。
最後の砂が落ちる瞬間を見過ごしたとしても。
「無声映画を見ているようなもの」
なにも嘆くことはないと、あの人は夕暮れを眺めていた。
校舎裏の用具倉庫の上で、スカートの中に緑のジャージを履いて。
未使用のピアッサーを小さな手でもてあそびながら。
脱げかけのローファーを爪先にひっかけていた。
「時間があまって仕方ないのに」
降りしきる雪のような、鳴りやまないスマートデバイスの通知。
スワイプするたび、あの人の指先の皮膚はすり減っていく。
世界中の善自動な知らせたがりのせいで、新品のフィルターはすぐに目詰まり。
現代に生きる人は、近代に生きた人より、精神の磨耗が早いらしい。
なのに平均寿命は120年もあるなんて。
「いつまで保つかわからない」
気候変動で四季のバランスは崩れた。
春は短くなって、梅雨と夏が同時に訪れて瞬く間に去り、秋は消滅して、あとはずっと真っ白の冬。
青春という言葉が、人生という言葉と、ほぼ同じ意味になって久しい。
「せめて卒業式まではと思っていたけれど」
風が冷たい。霜が降りる。空は灰色に蝕まれていく。
かすかな沈丁花の香りは、人工物とわかっていても目を閉じたくなる。
閉じたら終わりだとわかっているのに、まぶたがひどく重たい。
「欲しいものはない?」
欲しいものはある? と尋ねないことが存在の証明。
欲しいものはないよ、と答えられることが永遠の宣誓。
あれは反抗期に交わした約束だった。
「もう、これは、要らない」
微笑んで、ちろり、とあの人は真っ赤な舌を見せる。
ピアッサーの針をあてがう。
かしゃん、安っぽい音が乾いた空気に散って、それだけ。
その後のことは思い出しても意味がない。
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