GABAチョコって効果ないよね
①GABAの効果
「GABA(ギャバ)」という物質をご存知だろうか。正式名称をγ-アミノ酪酸といい、抑制性の神経伝達物質として知られている。これを摂取すると、ストレスが低減したり、リラックスできたり、睡眠の質が高まるという。
これについて、「なるほど、GABAを摂ると落ち着くのね」と信望するのは簡単だが、まずはそのメカニズムについて考えてみてほしい。どのようにリラックス効果が生じるのだろうか。そのヒントは脳にある。
脳は、常にあらゆる反応を抑えようと制御している。たとえば「ごはんたべたい!」と思うときは、視床下部の腹側被蓋野(VTA)と呼ばれる場所からドーパミン(Dopamine)という神経伝達物質が放出し、側坐核(NAc)とよばれる場所で作用している。ドーパミンが永遠に出続けていると、いつもごはんが食べたくてたまらないし、いくら食べても満足感が得られないだろう。そこで側坐核からGABAが放出され、腹側被蓋野に作用することで、ドーパミンの放出を抑制し、食欲を抑えるのである。
Lau, et al.(2017)より
さて、ストレスがかかる状況はどうだろうか。ストレスを感じると、視床下部から副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)が分泌される。これは下垂体から副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の分泌を促進し、結果として副腎皮質のコルチゾールの分泌を促進する。コルチゾールは血圧を上げることで緊張状態になり、闘争や逃避行動に備える。GABAは脳におけるこれらのホルモンの放出を抑制することでコルチゾールの分泌を抑え、ストレス緩和を実現しているのである。
②GABAは食べても効果がない
このGABAを含む商品がリラックス効果を高めるとして相次いで発売されてきた。たとえば、江崎グリコ株式会社からはチョコレート、ロッテはガム、森永乳業からは飲料にGABAを含有した商品が出ている。
さて、このGABA含有食品は、本当にストレス低減効果があるのだろうか。このことには、多くの専門家が疑問を呈している。その根拠は、食べたGABAが血中に吸収されても、脳に到達できないことにある。
私たちの血液は全身を循環している。もちろん、末梢(脳以外の)組織から脳へ向かう血液もある。しかし、組織から脳へと血液が流入する際には、脳に必要な物質を血液中から選択して脳へ供給する「血液脳関門」が存在する。ここでは、分子量の大きい物質は通り抜けることができない。そのため、GABAをはじめとするほとんどのアミノ酸は血液脳関門を通過できず、脳に流入できないのである。
ということは、食べたGABAチョコが腸で吸収されて血液に入っても、脳に届かないため、CRHやACTHなどのホルモンの分泌が行われることはない。これではコルチゾールの分泌を抑制することはできないため、ストレスは緩和できない。したがって、GABAチョコでリラックス効果を得ることはできないのである。
③GABAは食べても効果がある(⁉)
ここまで聞いて納得してしまう読者も多いだろうが、本当に効果がないのか私は疑問を感じている。
プラシーボ効果をご存知だろうか。これは第二次世界大戦の際、鎮痛剤であるモルヒネが不足し、代わりに水をモルヒネだと偽って注射したところ、兵士が苦痛を感じなくなったことから発見された。「GABAがストレスをなくす!」と思いこんで摂取することで、実際にストレス低減につながる可能性がある。
もう一つは、GABAは脳には到達しないが、末梢(脳以外の)組織で作用し、ストレスを低減させている可能性がある。
そもそも、神経伝達物質は、それらをうけとる「受容体」がないと作用しない。つまり、GABAはGABA受容体に結合しはじめて効果を発揮する。
最近、GABAの受容体が脳だけではなく末梢組織にもあることがわかってきた。特に、腸には豊富に発現している。腸はうつ病との関連が深い「セロトニン」というホルモンも分泌するため、GABAと相互に作用しているかもしれない。
また、血圧の調整には、末梢臓器の神経伝達を抑制して、血管収縮を起こすノルアドレナリンという物質も関与している(交感神経については長くなるので割愛)。
つまり、GABAチョコに効果がないとは言い切れない。
GABAを食べるとがストレスが減少することを示唆する論文はいくつかある。しかし、①GABAがどこの組織に作用しているか、②GABAが本当に末梢組織のセロトニンやノルアドレナリンの放出に関与しているかを確かめている論文は、私はまだ見つけていない。
もし「なにかすごいことをしたいけど、明確にやりたいことはない」読者がいれば、ぜひこれらを研究できる大学・大学院へ進学しげっ歯類やヒトを対象にGABAの経口摂取への影響を検討してほしい。その際、ただストレスが減少するかだけではなく、どこでGABAが吸収されるか、あるいはどの組織でノルアドレナリンの分泌が生じたかなど、どの神経回路を経由しているかを明らかにしてほしい。そこまでやれば、間違いなく食品メーカーからは歓迎されるし、意義のある研究論文が書けるはずだ。
④おわり
私は大学で神経科学の卒業論文を書くために、就職する会社とはなんら関係ないことに膨大な時間を費やしてきた。しかし、他の人にはない専門的な知識が多少はついたことと、なにより常識を疑う大切さを獲得できたことは、かけがえのない財産だと感じる。専門的な用語や知識を並べられてしまうと納得しやすくなることは心理学的にもわかっているが、なにが真実に近いかを今後も見極めていきたい。