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『汚れた血』にみる、小爆発

先日、古書店に来たお客さんと映画談議をした。
仕事とか忘れて話が止まらなくなってあとで反省するのだけれど、さいごのほうで監督の話題になったとき、レオス・カラックスが一等好きだとその人はいった。
そうして慌てるようにして、先日『アネット』を観たのだ。
俄然監督作品を観直したくなってしまった。

ハレー彗星が近づく近未来。
愛なきセックスによって伝染する奇病“STBO”の蔓延するパリで、ジャンという男がメトロで死ぬ。
ジャンの息子アレックス(ドニ・ラヴァン)は、父親の友人マルク(ミシェル・ピッコリ)らから借金返済のため“STBO”の特効薬を盗み出そうと誘われる。
金貸しのアメリカ女に追われる男たちの逃避行と、マルクにつれ添うアンナ(ジュリエット・ビノシュ)に心奪われたアレックスの運命が鮮やかに交差していくー

近未来らしからぬ舞台設定。お飾の奇病に仄かな色どりを添えられたSF的フィルム・ノワール。

アートで鮮烈な画面と、疾走シーンの躍動感が半端じゃない。
こんなにもすてきな映画だったとは。

ファースト・インパクトで、ジュリエット・ビノシュの白痴ぽいといったら叱られるだろうか、仕草がいかんともしがたかった。
この薄ぼんやりして、アレックスより中年のマルクを愛するビノシュを、おなじ女の子として理解しがたかったものだけれど、今となってはアレックスとしっかり心通わせ、揺れもしていたんだとわかる。
フシギちゃんな存在を好ましくおもう。

若くしてこんな演技をした女優さんは、かつて他にいたろうか。
敬愛するジュリエット・ビノシュと、小さい体のすべてを小爆発させて演じるドニ・ラヴァンの強烈な魅力に抗えない2時間。

強盗とアメリカ女から逃れて飛行場へとひた走るオープンカーのなかで、怪我を負って瀕死のアレックスがアンナに問われ、未来を思い描く。アレックスはこう言った。

 自然の中にでる
 すべての鋪石を愛撫する
 階段の一段一段に感謝する
 もし生き延びられればだ

刹那的で詐欺師のアレックス、純粋な魂を宿した躍動する彼の肉体が死にゆくとき、喪失感に揺れる感覚は無二のものである。
悲しい気持ちを代弁するように、両手を広げて風に向かい走り出すアンナに希望をみる。
アレックスのぶんまで飛べと、願うように、心が解放されていくのをかんじた。

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