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『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』にみる、良き恩師のいる風景

1970年、ボストン近郊。
全寮制の男子高バートン校を舞台に、料理長メアリー(ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ)とクリスマス休暇を学校で留守番することになった皮肉屋の嫌われ者中年教師ハナム(ポール・ジアマッティ)が、家庭の事情で帰ることができないアンガス(ドミニク・セッサ)と心を通わせていくさまを、心温まるタッチでノスタルジックに綴る。

監督はアレクサンダー・ペイン氏。
寡作のひとといっていいかもしれない。
過去に短編をひとつ観たくらいで、『アバウト・シュミット』『サイドウェイ』といった有名作を未見のままきてしまったことを後悔させるような好編。

一年で一等特別なクリスマス休暇。
訳あり居残り組はほんの一握りしかいない。
再婚した母親のハネムーン出発で、そこに思いがけず加わる羽目となったアンガスは不貞腐れモードだ。

やがて、自家用ヘリで迎えにきた生徒の親がみんなをスキー山行へと連れ出すサプライズがあるものの、保護者と連絡のとれないアンガスだけが取り残されて、メアリー、ハナムとたった三人だけの休暇後半戦がスタートする。

三者三様、人生ののっぴきならなさが丁寧に描かれていく。
たとえば黒人のメアリーは同校に通っていた愛息子を戦争で亡くしたばかり。たとえ英雄扱いされても、真っ先に徴兵されたその理不尽な死を受け入れられない。
ハナムもまた、しがない高校教師として人生を送ってきたのには訳があった。

大人たちのオトナの事情を垣間見て、ちょっぴり成長するアンガスが逞しい。
いまは未熟な青年に過ぎなくても、腐っていても、善良で賢い彼は無限の可能性を秘めている。
なにより、良き恩師のいる風景は往年の名作を髣髴させた。

ロビン・ウィリアムズの『いまを生きる』『グッド・ウィル・ハンティング』、リチャード・ドレイファスの『陽のあたる教室』、西田敏行の『学校』。
”恩師もの”にひとつまた新たな良作が加わった。

クリスマス・イヴ。
ハナムの用意した即席ツリーに、メアリーの手作りディナーを囲むそれぞれの想いは複雑だ。
生まれて初めて家庭的なクリスマスを経験したアンガスの素朴な喜びと、彼を見守る大人たち。
単純な馴れ合いや、わかりやすい感謝ではない、終始複雑であることが本編を本編たらしめている魅力にほかならないとおもう。

忌々しさは消えず、孤独はある、失った人生は戻らない。
ひとはどんな風にも、誠実にも愚かしくも立ち回れるし、たったひとりの理解者に人生を救われたりする。

そうして休暇は明けて、また新しい学期がスタートする――

オーディションで主役を射止めた新人のドミニク・セッサ君がなんていい顔をしていることか。
堂々とした不遜な振る舞いにすら品があって目を惹く。さらにはすっかり忘れていたポール・ジアマッティ氏の名演ぶりに打たれる。
哀愁漂う斜視の嫌われ者、それでいて誰よりも生徒のことを考える、不器用な中年男の矜持に胸がじんわり熱くなる。

これからの季節にぴったりな小粒の良品は透明な空気を捉え、冬の匂いまで感じるのだった。


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