半地下カフェの住人
肩が痛む。左の首から肩にかけて筋を違えたような痛み。痛みというか、違和感というか。一年に何度かこういう日がある。その日のうちに違和感がなくなるか、二、三日のあいだ、痛みが増してやがて消えていくかのどちらか。
平日朝の時間を過ごし始めた半地下のカフェで、同じ時間を過ごす人たちの存在感がじわじわと伝わってくる。
開店してすぐのカフェに入ろうとするぼくと1番目の客を争うのは、黒いジャンパーのおじさんで、歳は70代前半か。
半地下カフェは駅から地上に上がる階段途中にあるが、黒いジャンパーのおじさんは吹き下ろす冷たい風を避けるように階段下で開店時間を待つ。おじさんの横を通って階段を上がり、毎朝開店時間ピッタリにカフェに着くぼくは大抵1番目の客で、おじさんはぼくの後ろ姿を見て2番目の客としてカフェに入ってくる。
レジで精算を済ませた後、珈琲を受け取ったぼくは、仕切られた喫煙スペースを右にみて通路を歩く。禁煙スペースに入ってすぐ左手前奥の2人掛けテーブル席の壁付けされたソファーに座る。
黒いジャンパーのおじさんは、ぼくが座るテーブル席の右横の4人掛けテーブル席に、いつもぼくと並ぶようにしてソファー側に座る。小さな背中を丸めて足を組み、何ごとかを呟きながら昨日の朝も新聞を読んでいた。
今朝は用事があったのか、朝起きることができなかったのか、違うカフェに向かったのか、半地下カフェに黒いジャンパーのおじさんはやって来ない。
タイピングした文字数を確認してポメラを閉じる。ぬるくなった珈琲を飲み干した角度で首のあたりが痛んだ。痛みがやや広がっている。8時を過ぎた今も、四人掛けテーブル席には誰も座らない。黒いジャンパーのおじさんはやって来なかった。