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ポンコツしろはちゃんの日常 第2話 自己保全 ~せるふめんてなんす~(筒姫 岬)

バーチャル・ヒューマノイドは、もともとネットコンテンツとして誕生したヒューマノイドだ。家事を担う物理素体の家庭用ヒューマノイドよりも、内蔵されているAIは高性能。さらにバーチャル上のアバターを現実世界に投影できることから、物理的な寿命の懸念は減った。多機能で娯楽性が高く、そのぶん高価格だけれど、ハイスペックな個体は十数年近くも稼働するらしい……。

 が、残念ながらこの個体――白波は、『八月三十一日に、寿命で消滅』するらしい。

 『──私、八月三十一日に、寿命で消滅しますから』

 **********

 もし、この離島にヒューマノイドを修理できるディーラーがあるのなら、僕は迷わず突き出すだろう。
 この夏休みで得られるものが、少しでも増えることを信じて――。

 「すみませんでした……」

 「うん、うん、さすがに驚いたよ……」

 ヒューマノイド”白波”は、マスター、マスターと言ってくる割には、どうも人の話を聞かない。

 聞かないというより、だいたい聞く前に勝手に動いては、何かしでかすというか……。

 「あの、人の話聞こうね……? 寿命残り一か月の君に言うのも、なんだかバカバカしいけどさ」

 「ひゃいっ……」

 ここまで白波を悄気返らせると、見ているこっちが申し訳なくなる。

 「はー……」

 「どうかされま――ほ、本当にごめんなさい!」

 「『テンプレ回答』出かかってるし……」

 「はぅぅ……」

 白波がこうして居間で数分間の謹慎処分を受けているのは、他でもない――白波がドロバチの巣を剪定バサミでぶん殴るという、とんでもない暴挙を犯したからだ。「放っとけ」と言うのが一秒遅かった僕に、責任がないわけではないけれども……。

 本当に、白波はヒューマノイドなのだろうか?

 いや――ヒューマノイドなのは間違いないとしても、彼女と接していると、まるで一人の女性と話しているような錯覚に陥るのだ。そして、時折見せるその包容力に、僕の心は自然と暖まる――その向こうの、広大な海を重ねて。

 あからさまなテンプレートを使い回してるあたりは、ヒューマノイドな気もするけど……でも、自己判断で何でもしでかしたり、ここは謝る場面だと分かっていたりする所は、どこか人間っぽさがある。

 自己判断……か。

 「ね、白波」

 「なんでしょう……?」

 「ヒューマノイドって、確か、セルフメンテナンス機能……みたいなの、あったよね?」

 「え、ええ……たぶん」

 「自分のことまで『たぶん』って……とにかく、それ、使ってみてよ。僕、見てるからさ」

 「――っ!?」

 白波は驚いたように目を見張る。

 「……えっ、何かまずいの?」

 「……まっ、マスター……うぅ~」

 やがて、白波――「上品で慎ましやかな女の子」とやらは、恥ずかしそうに着物の袖で顔を隠してしまう。

 「わ、私が『えっちなことは、めっ!』って、言ったばっかりなのに……! もう……ひどいです、マスター……」

 「……いや、何でだよ。セルフメンテナンスのどこが、その、えっちなんだよ」

 わけがわからない。これも経年劣化か……道徳観さえも狂ってしまうとは、すごく……悲しいというか、寂しいというか。

 白波は、少し怒ったような顔で説明を始める。

 「マスターはセリ……セルフメンテナンスをご存知ないんです! セリフメンテナンフの手順書、読みますよ!? 『ヒューマノイドは、左右の眼球を取り外してマスターに渡し、マスターはヒューマノイドのまわりを周回しながら、眼球でヒューマノイドを撮影する』……『なお、作業中、ヒューマノイドは衣服を着用してはならない』……!」

 「が、眼球――って、な、なんだそれ!?」

 開発者――!? しゅ、趣味が悪すぎる。って、マスターが必要じゃ、もはやセルフじゃない!

 このセルフメンテナンス機能も、何か怪しい……いや、いかがわしいプラグインじゃないだろうな!?

 「し、仕方ないんです……この機能に対応したカメラじゃないと、できないので……」

 「いや、……白波、それ本当に『純正』の機能なんだよね?」

 「はい、白波は清純な淑女でマスターの趣味にどストライク、白波覚えました――じゃなくて、ええと、……あっ! 純正、はい、この機能は最初っからで、純正のものです……はぅぅ~」

 「うん、絶っ対、今のはわざとだね」

 「わざとじゃないです! 『事故』です!」

 「はいはい……」

 とにかく……この機能、使ってみるしかないな。

 このポンコツっぷりが、多少は改善されればいいのだけれど……。

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