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「才能」を信じ抜け! 50-50へのカウントダウン【ロサンゼルスドジャース大谷翔平】

「お膳立てはしておいた。自分を信じて決めてみろ。」

その夜、野球の神様はサプライズを用意していた。

8月24日(現地時間)ドジャースタジアムでの対レイズ戦。
この夜、大谷翔平は4回裏に40個目の盗塁を決めた。ホームランが出れば、MLB史上6人目となる「40本塁打40盗塁」の、過去最速の達成者になる。

その1本への期待が最高潮に達した5打席目が回ってきたのは、9回裏。2死満塁、しかも3対3の同点。まるで脚本が用意されていたかのような、ドラマチックな展開のバッターボックスになった。

打席でのルーティンを終え、いつものポーカーフェイスでバットを立てる。初球、外角低めに入ったスライダーは、巧みなバットさばきですくい上げられた。

漆黒の夜空に、白球が高々と舞い上がる。

わっと上がった歓声が消え、スタジアムに一瞬の静寂が訪れた。右中間スタンドに向かう打球の行方を、スタンド、ダグアウト、グラウンドにいる全員が固唾をのんで見守っている。

フェンスを越えるのか? センターのグラブに収まってしまうのか?

スタジアム中の視線を一身に浴びた中堅手が、ボールを追いかけフェンスへ走る。ジャンプしながらグラブを伸ばした次の瞬間、スタジアムが揺れた。右中間スタンドで待ち構えていた観客の手をはじき、グラウンドに跳ね返ったボールが、地鳴りのような歓声をスタジアムに生んだのだ。

キャリア初のサヨナラホームラン。しかも、グランドスラムという劇的な幕切れだった。

試合後、ドジャースのロバーツ監督が「漫画でも描けない」と、驚きあきれるほどの偉業を、大谷翔平はやってのけたのだ。

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この頃、大谷のバッティングは決して好調とは言えなかった。8月の月間打率は一時、1割台と低迷し、OPSも1.000を切った。「構えている段階で、いい未来があまり見えていない」と、珍しく苦しい心境を口にする場面もあった。

そんな中、チームメイトたちが感心していたのは、日々、黙々と練習を続ける姿勢だった。ダグアウトでは、時間があれば相手ピッチャーのデータをチェックし、タブロイドで自らのスイングを確かめる。時にはバットを握って、タイミングを修正するかのように素振りを繰り返す。

時折、テレビカメラが捉える右手のひらには、バットのグリップエンドが食い込んだ傷跡が、くっきりと見てとれた。我々の目が届かないところで、気が遠くなるほどバットを振り込んでいるのだろう。

ふと思い出したのは、2018年の春季キャンプ。思うような結果を出せない打撃に、相談嫌いの大谷がイチローにアドバイスを求めたエピソードだった。そのストーリーは様々なメディアで取り上げられているため、イチローが「自分の才能を信じたほうがいい」と言葉をかけたことは、誰もが知っているだろう。

しかし、イチローの言葉を受けた大谷が、自分自身のどんな「才能」を信じようと思ったのかまでは、あまり伝えられていない。

彼は、自分の何を「才能」と捉え、「信じよう」と決めたのか。

ホームランを量産できるバッティング力か。勝てるスターターとしてのピッチング力か。それとも、二刀流という唯一無二のプレイスタイルを続けるだけの力量か。

彼が信じた自分自身の才能は、そのどれでもなかった。彼の答えに、意表を突かれた。

「僕の才能は、好きなことを頑張り切れる力」。

どこまでも努力を続けられることが、自分の才能だと彼は言ったのだ。これこそがMLBを、いや世界のアスリートを代表するスーパースターに駆け上がらせた、大谷翔平の原点だった。

もしかすると、あの夜まで「いい未来」を見させなかったのも、彼が自分の「才能を信じ切る」ことを確信していた野球の神様の、手荒い演出だったのだろうか。

そんな「漫画」のようなストーリーを、つい想像したくなった。

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ナイター照明のカクテル光線が煌々と照らすドジャースタジアムでは、耳をつんざくような大歓声の中、ヒーローインタビューが始まろうとしていた。

観衆は、誰ひとりとして家路に就こうとしない。スタンディングオベーションでその時を待ち構えるスタンドに向け、大谷翔平は左手でつくった握りこぶしを高々と力強く、二度突き上げた。

いつもは、控えめに手を挙げる大谷だが、球場を満たした熱気が、そんな彼の謙虚さを許すはずもない。スタジアムに巻き起こったMVPコールは、この夜、いつまでも止むことはなかった。 

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8月30日(現地時間)、チェイス・フィールドでの対ダイヤモンドバックス戦。3回表に43個目の盗塁を決めた大谷は、8回表の5打席目、真ん中に入ったストレートを捉え、レフトスタンドへ43号となるソロホームランを叩き込んだ。
メジャーリーグ史上初となる43-43(43本塁打43盗塁)の足跡を軽やかに残し、夢の50本塁打50盗塁へ。いよいよ、カウントダウンが始まっている。(終)

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