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崩れかけていく何か、取り戻す心と身体

 先月のこと。コロナでなかなか遠出もしづらかった半年でしたが、できるだけ他人と接触しないで済みそうな場所を選び、気を許せる仲間4人で旅をしてきました。行き先は秋田県の乳頭温泉郷。気を緩めちゃいけないと思いピリピリしなければならないストレスは否めませんが、我慢ばかりの半年を労いつつ、静かに夏の終わりを楽しみました。今回は行き先での思い出と宿で聞いたお話です。

□初めての乳頭温泉郷

 私は25歳までに47都道府県を制覇していたので、秋田県は3回目くらいでしたが、訪れた乳頭温泉郷は初めてでした。いつも仲良くしてくれる人がおすすめしてくれたので、みんなで行ってみようということに。自然が美しくて、夏といえども涼しくもあって、とても気持ちの良いところでした。 大きなホテルが並ぶところには、そこそこ人がいるようだったり、コロナの影響で広い駐車場もまだらに埋まっている程度なものの、大型バスが1台くらいあったりして、GoToキャンペーンでも活用しているのかなあなんて車窓から眺めて通り過ぎて行きました。

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気持ち良い白樺の道

 しばらく行くと、清々しくも雄大に立ち並ぶ白樺のエリアに入りました。風にそよそよと揺られながら天に向かってそびえ立つ白樺の木々。正直、場所や対策は考えて来たものの、コロナ渦中の旅に少し緊張しながらここまでやって来たところがあったのですが、私たち4人と白樺だけの道の中で、なんだか自分を覆っていた黒くくすんだベールのようなものも、風に乗ってそよそよと流れていくような気持ちになりました。

 そうして何か浄化されるような白樺ロードを突き進んで行き、乳頭温泉の中でも最も奥地にある「孫六温泉」に辿り着いたのでした。

□孫六温泉に身を委ねる

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孫六温泉

 辿り着いた孫六温泉は、車を停めてから川にかかる橋を渡らないといけないほどの奥地。山に囲まれた古くからの湯治場である景観をそのまま守りながら、ひっそり、けれどもしっかりと佇んでいます。

 山と一体になったかのような暮らしの場は、宿主の心遣いのおかげなのか、山奥の割に虫が多過ぎることもなく、古くて年季を感じる空間でありながらも清潔に整えられており、虫嫌いだけが心配だった私も問題なく過ごせる空間でした。部屋の窓からは川のせせらぎが心地良く聞こえ、静寂と自然の織りなす音のコントラストに、身体から何かが目覚めたような感覚を覚えたようでした。今回宿の女性客は私1人だったので、常に貸し切り状態で温泉に入ることができました。「唐子の湯」では、程よいあたたかさで長時間入れる優しいお湯に身体を委ね、露天風呂では川を目の前にしたダイナミックな環境の中で、朝から深呼吸をし身体を休めました。

 南三陸町という自然豊かな町でさえ、今は外出する度にマスクばかりして、自然の空気をダイレクトに吸う機会が減っていたのだと気付かされました。マスクのせいで、においも分かりにくくなりますよね。あらゆる感覚が鈍くなっているように感じます。1人温泉に浸かりながら、古く湿った木の香り、独特なお湯のまろやかな匂い、澄んだ空気と湯気が混ざったものを吸って、身体全身で呼吸をしているようでした。それはまるで、この半年で失いかけていた身体を取り戻すような時間でした。

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きりたんぽ

 宿の夕飯も体に優しい山の幸ばかり。特製のきりたんぽ鍋も染み入る美味しさでした。宿の方々が丁寧にもてなしてくださっていることを感じるぬくもりある手料理の数々に、心もお腹も満たされ、静かに癒されながら眠りにつきました。

□崩れかけていく何か、取り戻したいもの

 今回は、1人で訪れていた男性の方を除いて私たちだけという、蜜を防ぐにも安心の環境でした。食事の時も1席ずつ空けて向かい合わないように工夫してくださり、部屋も多めにとって広々寝られるようにしてくださっていました。こんな山奥でも、コロナ対策をしっかりとってくださっていることに感謝でした。

 実は到着前に、予約してくれた仲間に宿から電話がかかってきたんです。その時は15時着予定を少し過ぎたからかな、とよくあることのように思っていたのですが、翌日朝風呂の後に宿の方から聞いたお話で、私たちの予約の前に無断キャンセルのお客様が2組もいたそうなのです。しかも両組とも宮城県からだったそう。私たちをもてなしてくださったのと同じようにお迎えする準備をして待っていても、待っても待っても来ない。挙げ句の果てに電話をかけると、予約者と全く関係ないとこに繋がってしまったというのです。「続いてしまったものだから、もしかしてまた来ないのではないかとつい不安になって電話をしてしまったの。ごめんなさいね」と謝ってくださった宿の方たち。帰る前に聞いた話だから、この1泊で感じた孫六温泉の優しさ、あたたかさ、美味しさ、気配り、素晴らしさを分かってしまっていたからこそ、とても悔しく、悲しい気持ちになりました。

 キャンセルは仕方ないにしても、電話番号が繋がらなかった話からは、この世の中の情勢を分かった上での悪意ある行動ではないかと思わずにはいられませんでした。世の中が変わってしまったことで、人として大切な何かが失われてしまっているのでしょうか。コロナで、行きたくてもキャンセルせざるを得ない旅行もあるでしょう。一方、行くことで応援できることも、行くことで得ることもある。命に勝るものはないから「得るもの<失うもの」になるならば行かない方が良いです。けれど、上手に失わない対策をしてこの時代と付き合っていくことも大事ですよね。

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癒しの景観

□ありがとう孫六温泉

 帰る時に「山のものばかりだったけどごめんなさいね。今度お魚食べに南三陸町に遊びに行きますよ」と言ってくれた宿のお母さんに、お願いだから謝らないで欲しいと目頭が熱くなりました。きっと不安で自信を失いかけていたのだと思いますが、自信を持って素敵な場所を守り続けて欲しいなと思いました。自家製いぶりがっこも最高に美味しかったですよ。孫六温泉さん、素敵な時間をありがとうございました。

 GoToトラベルが良いのかもまだよく分からないし、あちこち旅行に行こうという気にはまだまだなれないですが、気を付けた上で自然豊かな場所で心と身体を休めることはこんな時だからこそ有効なことだとも感じました。その上で、このコロナ渦中で崩れていった何かも、取り戻せますようにと願わずにはいられない旅になりました。

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