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マタニティライフは楽しくない。
「ポカン」
という表現がある。
漫画などで主人公が呆気にとられたときに描かれているアレである。
「妊娠してるね」
と婦人科の先生に言われた時、私はポカン、とした。これが正真正銘のポカンだな、というポカンだった。
「実感がない」という言葉の意味を人生で一番実感した。それくらい、自分と「妊娠」という二文字をうまく結びつけて考えられなかった。
昔とあるエッセイで「マタニティライフは楽しくない」と書かれていたのを読んだ。当時はその意味がよく分からなかったが、今なら分かる気がするのである。
長い長い1週間
妊娠が発覚した瞬間は、あまりに思いがけなかったので喜びそびれてしまった。
次回は胎嚢確認のために1週間後にまた来るように言われた。帰り道に胎嚢確認についてネットで検索してみると、6週頃になると超音波検査で胎嚢(赤ちゃんを包む袋)が子宮内に確認できるそうな。ただ、この時に子宮内に確認できないと、子宮外妊娠の可能性があり、流産や卵管破裂してしまうこともある、と。
いや怖過ぎ。
なので、この日の夫への報告も「妊娠したみたいだけど、胎嚢確認できるまではどうなるか分からない。」という何とも味気ないものになった。
この時点ですでに妊娠して嬉しい < 子宮外妊娠だったらどうしようという心境。ぬか喜びはするまいと念じながら過ごした1週間はあまりにも長かった。
そして待ちに待った1週間後、ドキドキしながら診察を受けると、無事、胎嚢が確認できた。ああ、よかった...と内診台の上でほっとしたのもつかの間、「じゃあまた1週間後に心拍確認で来てください」と。
次は心拍確認ですか。何だろう、この1つステージをクリアしてもすぐに次の難関が待っている感じは。
この日も夫には「とりあえず胎嚢は確認できた。でもまだ心拍確認するまでは分からないから。」と伝えた。そしてこの1週間がまた長いのだ。寝ても覚めても妊娠のことが頭から離れず、心拍が確認できなかったらどうしよう...と不安な日々を過ごした。少しムカムカと気持ち悪くなる日もあったのだが、これはつわりなのか、はたまたストレスなのか、自分でもよく分からなかった。
心拍確認当日に事件発生
そしてようやく訪れた心拍確認の日。あろうことか、私はコンタクトレンズをつけるのを忘れて家を出てしまった。駅に着く頃に視界がややぼやけていることに気が付いたのだが引き返している時間はない。仕方なくそのまま病院へ向かった。
内診台が上がる。超音波の機械が入って来くる瞬間、緊張を落ち着けるために大きく息を吐いた。その後、数秒の沈黙ののち「心拍、確認できますね。ここです。」先生が、目の前にあるモニターの中心部分を指した。
あ、あ.......
見えない。(コンタクト!!!!!!)
「見えますか」
「あ、えええ、ええと...はあ、なんとなく」(モニターぼやけまくり)
そこは優しい先生と看護師さんである。「ここですよ、ほら、ここが少し動いているのわかりますか?」と再び丁寧に説明してくれた。
「ああ、ああ。はい。わ、分かりました。」
苦し紛れにそう答えると超音波の機械はすっと抜かれ、内診台は静かにおりた。心拍...見えなかった...。
「心拍確認できた?」
「いや、私は確認できなかった。でも確認できた。確認できたはず!!」
「はい?」
その日はこんな意味不明なやり取りを夫と繰り広げることとなった。
喜べる日が来るのは...
とにかく心拍は確認できたのだ。で、どうなの?これでひとまず安心なの?と思ったら、そんなことは全然なかった。
色々調べると、結局心拍が確認できても、妊娠12週くらいまでは流産の可能性があるとか、妊娠12週を過ぎても安定期に入るまでは何が起こるか分からないとか、そもそも産婦人科で確認された妊娠のうち約15%は流産になるとか、安定期になっても妊娠糖尿病や妊娠高血圧症候群になると流産や早産の危険があるとか、そんなことばかりが目に飛び込んでくるのだ。
え、出産までの関門、多過ぎません?
心拍確認後、妊娠初期は病院に行くのは4週間に1回程度になる。胎動などもないので、赤ちゃんの生存確認は月に1回しかできない。この間、つわりやマイナートラブルが出てきて段々と身体的にはしんどくなってくるのだが、反対にたまに体調が良い日があると「つわり止まった?赤ちゃん生きてる?」と不安になるのだった。
私は現在妊娠22週(6ヶ月)だが、今だに喜ぶタイミングを逸したままだ。え、じゃあいつになったら喜べるの?そう考えたとき、生まれた時か...と思った。結局のところ、生まれてくるまでは安心などできないのだと思うし、本当の意味での喜びにはならないのだと思う。
今も検診は4週間に1回なので、私は、次の検診へのカウントダウンをする毎日だ。夫は「もう6ヶ月か、あっという間だね」なんて言ってきたりするが、私としては「やっと6ヶ月か...まだあと4ヶ月もあるのか....」という気持ちだ。
そしてもちろん、生まれたあとだって、何が起こるかは分からない。でも、妊娠してから今まで、結局一度もやったー!とならずにここまできてしまったので、せめて、生まれる瞬間くらいは、心の底から喜びたいと思っている。その瞬間が待ち遠しい日々である。